act.002 ZERO
◇
昨日、若大将より直々に部隊移動を命じられた。
部隊移動は大体月の頭に掲示板にて発表されるため、自分は異例の移動だ。
しかも、
そんなことを言われた昨日の夜はおかげさまでまともに寝付けやしなかった。
ふわぁと隠すことなく大欠伸をし、目に浮かんだ涙を指で雑に拭っていると背を思いっきり叩かれつんのめる。
「よぉ!
同じ部隊、否同じ部隊だった同期にそう言われ顔をゆがめる。
「何がラッキーだ。いきなり部隊移動だなんて、しかも特殊部隊!ったく、何考えてんだかあのクソ大将め」
「いいじゃねーか、特殊部隊!俺らからすれば憧れの場所よ。お前もそうだろ?」
「そうだけど!でもそうじゃねーんだって」
「はぁ?意味わっかんねぇ奴だなぁ。まぁいいや。例の隊長と関わったら、話聞かしてくれよ」
「いいけど……ないと思うぜ?」
「まぁまぁ。関わったら、の話だって」
通常部隊よりも過激な任務にでる特殊部隊は怪我で戦線離脱をすることや、死亡することが多い。入れ替わりが激しいそんな部隊にずっと在籍しているとある人物がいる。
通常部隊所属の兵士は誰だって自軍の役に立ちたいと思っている。それに貢献するために、誰だって特殊部隊への昇進を目指している。そして、例のとある人物を尊敬している。L777だってそうだ。
そうだけれど、でも自分にはまだそれに見合うだけの実力が備わっているとは思っていない。今部隊移動するのは足手まといでしかない。
「で?今日からそっちで任務か?」
「わっかんね。とりあえず、来いって言われてるだけだし」
「誰に?」
「若大将」
嘆息をつくと、同期の男に背を勢いよく叩かれた。
「ま、お前の腕ならやっていけるって。いい結果、待ってるぜ」
そう言って同期は去って行く。
自分の前には大将達が雑務をこなす階へ続く階段。この階段だけ、他の階段とは違い無駄に豪華だ。堅く質素な床ではなく、暗めの赤い絨毯が敷かれている。それが下っ端が気安く近づけないように威圧している。ここを登らなければならない。
呼び出しに応じないなんていうのは論外なので、重い足取りで階段を登る。
昨日も足を運んだ部屋の前でノックする。
中から「はーい」と気の抜ける声が聞こえてきて、ドアノブを捻った。
大将はどっしりと腰を据えていた。
その前まで歩き、敬礼。
「よく来たな。SF-L777」
「何用でしょうか」
「まぁまぁそう堅くなるって。ほらぁ敬礼やめてリラックスリラックス」
上司命令なのでL777はゆっくりと敬礼を解く。
若大将は機嫌良さげに笑みを浮かべた。
「今日お前を呼んだのはな、お前のバディを紹介するためだ!」
「……はい?」
戸惑いの声を気にせず、若大将は嬉々とした表情で話を続ける。
「お前の対空砲っぷりを俺が知らないと思ったか?」
イタズラを明かすように言われたが、大将である彼が各地の戦績を知らないのもおかしな話しなので「はぁ」という曖昧な反応をする。
「その対空砲っぷりを買って、いや、その対空砲っぷりを見込んでといっても過言じゃない!」
「……はぁ」
対空砲という喩えを多用するということは、その名に相応しいことを求められるのだろうか。それで誰かの援護をしなければならない。けれど偏差射撃は特段誇れる数字を出しているわけではない。何故俺に?
「俺から直々の頼みといっても違いない!なぁ?かっこいい戦績だろ?――ゼロ」
ぴくり、と指先が反応する。
目だけ後方に向ける。ぎりぎり見えない。だがそこに誰かいる。気配はない。
L777は拳を握る。
「……別にかっこよくはないだろ」
空気に溶け込むような声。太い声ではないけれど確実にこの場に食い込む。
ゼロ。
この軍の切り札で、そして最強戦力の男の渾名と一致する。そんな男が今自分の後ろにいるのか。
「それに、紙の結果なんて興味ねぇし」
「けどけど、その紙に書かれてる戦績は興味持てるでしょ?」
自分を挟んで前後で言葉が交わされる。
ゼロの声から正確な年齢は割り出せない。経験豊富な老兵かもしれないし、自分より若い鬼才かもしれない。
名を持たない兵士をコードネームで呼ぶが、『ゼロ』では入隊時期すら割り出せない。
「ね?組んでくれるでしょ?」
自分に投げかけられたのかと、視線を前に戻す。だが大将は自分を見ていない。後ろの男を見据えている。
自分の命運を握っているその男の返答は、
「嫌だ」
拒否。
ゼロ――それが彼の仲間の数だというのは強ち嘘ではないらしい。
「オッケー!決まり!でね、2人には早速頼みたいお仕事があるんだけど」
「へ?」
目をむく。
後方から人らしい嘆息。
「手付かずのエリアの敵が薄くなったから、探索よろぴく」
ぱち、と目の前の男は片目をとじる。
ついていけないテンションで話を強引に推し進められる。
「待ってください。敵が薄くなったって言っても、手もつけられなかったんですよね?そんな場所に2人で行くなんて……」
「無理?出来ない?危険?」
それらに首を縦に振ることは許されない。
「いえ。2人では探索しきれないかと」
1つの任務に小隊が1つ派遣される。少なくて10人。
「出来るよ。ウチの特殊部隊だもん」
男は口だけで笑う。
目に感情はない。それが強要であれ洗脳であれ従うほか道はない。
人類に残された道はそれしかない。
「探索方法はその後ろの男に聞いて。きっと優しく丁寧に教えてくれるだろうから」
ね?ゼロ。
再び男の視線がL777の後ろに飛ぶ。
返答はなかった。けれど、若大将は満足げにくすりと笑う。何かしらのアクションがあったのだろう。
ガチャ、とドアノブの回る音。
誰かが入ってきたのかと思ったがノックがない。つまり誰かが出ていく音。今この状況でその音が示すことは一つしか無い。
ゼロが動いた音だ。
蝶番のきしむ音。そして、静かに閉まる音。
足音は一切しない。気配も変わらない。もとから感じなかった。
後ろを振り返ったりはしない。自分がここに来た理由はあの男ではなく、正面の男に指示されるためだ。
「L777」
はい、と平坦に答える。
「お前の脳内チップ、特殊部隊用にアップデートしないとだから、ちゃんとしといて」
「了解」
「以上だ」
その言葉があれば、もう退出しても問題は無い。
機械のような動きで頭を下げ、「失礼します」と部屋を出る。
とりあえず、まるで異界のような居心地の悪いここには居たくはない。L777は来た時同様の道を引き返す。
歩きながら、あの部屋で一体何が起きたのかを一から思い出す。
本来ならある程度の人数を必要とする任務を、何故か少数で、というか2人で行くように言い渡された。そして、その相手はついさっき組むように言われた相手で、まだ顔も見ていない。一言二言声を聞いただけ。
渾名は『ゼロ』。
その名前で呼ばれる兵士は1人しか居ない。その男がどれほど軍に貢献しているのかは情報として知っている。腕前は凄いと把握している。
そんな相手と組めるのは光栄だが、今日知り合ったばかりの男にいきなり命を預けなければいけないのはいささか抵抗がある。
軍のため、人類の為の命とはいえ、もしそれで死んでしまったら無駄死に等しい。そんな死に方、してやるものか。
ハァ……、とため息をつく。
不満があるわけではない。どちらかというと呆れているのかもしれない。けれど自身の深層には期待感も感じられて、前へ前へと動く足の動力源は胸が躍る気分のような気もする。先の見えない現状に止めたくなる足は、色々と入り交じった自分をなんとか動かしている。
ごちゃごちゃとした心理によって生み出された熱を、排出するように、またため息をつく。
やってらんない。けど、やってやる。
自分がどうこう思おうが、結果は前へ進んでいく。
残念ながら、自分たちはそういう生き物へと作り替えられてしまったのだから。
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