『冬』

 高校三年の冬。夏休みも終わり、大学受験がいよいよ現実味を帯びてきた。吐く息も白くなってきて、寒さが余計に私を焦らせる。夏から通い出した塾の講義が終わり外へ出た。

「寒い……」

 そろそろマフラーが必要だろうか。参考書で重くなったカバンを肩にかけ直し、バス停へ歩き出す。携帯で時間を確認する。まだ二十分はあるようだ。

「今日も行こうかな」

 私は〝いつも〟のコンビニへ向かう。そのコンビニにはイートインスペースが設けられており、私はバスが来るまでよくここを利用していた。

 歩道側窓際にそのスペースは設置してあり、外からでも人が座っていることは確認できる。どうやら一人利用しているようだった。

 店内に入ると紙パックのカフェオレとサンドイッチを手に取りレジへ。会計を済ませると、先客の隣に座った。

「お疲れ様です。今日もいらしてたんですね」

「お疲れ様。君もね」

 その客は私が座るとテーブルを軽く片付けた。

「勉強の方はどうですか?」

 私はストローをさしながら聞く。

「うーん。ぼちぼちかなあ。英語がどうもね……」

「私も、英語の点数が伸びなくて。難しいですね」

「お互い頑張ろうね」

「はい」

 彼の名前は知らない。彼も、私の名前を知らない。

 彼は、私がこのコンビニに来るといつもいた。このコンビニに来るようになったばかりのときは、ああまたいるなあ、ぐらいにしか思っていなかったけれど、大学の過去問を開いているのを見て急に親近感が出てきた。大変なのは私だけではないのだと、勝手に元気づけられていた。そんなある日、彼の方から話しかけてきた。驚いたけれど、喜びもあった。何だか憧れの人に話しかけてもらったような気分。

「寒いですね。そろそろマフラーが必要かなって思いました」

「俺も今日思った! 俺、女の子がマフラーに顔うずめてるの好きだな」

「え……」

「あ、ごめん! 変な意味じゃなくて……」

「いえ! 全然そんなこと……」

 お互い顔を俯かせてしまう。横目で彼を窺う。顔が赤く見えたのは気のせいだろうか。かくいう私も人のことは言えないのだが。

「あつい」

「あつい?」

「あっ。いえ、寒いです」

 ああまた。さらに顔が熱い。恥ずかしい。

「そろそろバス来るんじゃない」

「そうでした。あの、それじゃあ」

 私は袋にゴミをいれると手持ちの部分を結んでカバンにしまう。

「またね」

「ま、また……です」


 私は駆け足でバス停へと向かった。ちょうどバスはこちらへと向かってきていた。

「よかった。間に合った」

 心臓が鳴っているのを感じる。走ったせいだけではないだろう。

「またね……か」

 マフラー。今年は新しいの、買おうかな。

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