『夜空』
一人で夜空を見上げていると、世界には俺しかいないんじゃないかと思う。そうやって、安心する。どうにもこのまま、世界が……世界が終わりそうだと、そう思う。
大学三年の夏休みは、あまり気持ちが休まらないでいた。来年からは就職活動があるし、インターンシップの予定だってはいっている。〝将来〟という言葉が輪郭を帯びてきて、未来という漠然としたものを考えることが多くなった。
「それで、世界が終わりそうだと?」
今日は大学の友人に飲みに誘われ、夜、最寄り駅近くの居酒屋に来ていた。
「そう、いろいろ考えてさ、それで夜空を見ていたら世界が終わりそうだと、そう思った」
「何だそれ。世界のことより今は将来のことだろ」
「そうなんだけど。けど世界を考えることは自分を考えることにはならないか?」
「また訳わかんないこと言い出した」
向かいに座る友人、浅比は呆れたように溜息をつき、ビールを喉に流し込んだ。
「よく飲めるな。俺、ビールは苦手だ」
俺はカシスオレンジに口をつける。
「今どきの若者だ」
同い年じゃあないか。と、思ったがそれを口には出さなかった。それにしても、同い年なのに考えていることは随分と違うみたいだ。こいつは将来に不安を持ったりしないのだろうか。相談するのはいつも俺の方な気がする。浅比の口から不満や不安を聞いたことがないように思う。
「まあでも、世界が終わるなら、将来のことなんて考える必要ないな」
「そうだろ? だから結果的に自分を考えることになると言ったんだ」
「けど、世界が本当に終わるなら、予め言っておいて欲しいよな。そうしたら、無駄な考えをしなくて済む」
「ああ……確かに」
浅比のこの表情は、初めて見た。いつも余裕そうだから、こんな風に曇った顔は新鮮だった。それと同時に、安心感を覚えた。
「生きていたいよな」
「え……。どうした浅比。何かあったか? というか、何かあったから飲みに誘ったんじゃ……」
「まあ、そうだな。世界が終わるかもしれないから、お前と話したかったのかもな」
「お前だって、訳わかんないこと言ってる」
時間がゆっくりと流れている。どうしてか、世界は終わるのに、この時間は終わりそうにないと、そう思った。
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