『王子』

 高校生活最後の文化祭。毎年三年生は演劇をすることになっている。

全部で三クラス。私のいるA組は『白雪姫』をすることになった。そして今は六限目ホームルームの時間。誰が何の役をするのか。それを決めている。

「白雪姫は凛香ちゃんでしょう?」

「ええ! 私?」

 始まった。こうなると私の出る幕はない。主役、というか舞台に出る人は始めから決まっている。クラスの目立つ人から役を振り分けられていく。別にそれに文句があるわけではない。私は舞台には出たくない。人前に出るのは苦手だ。裏方でいい。小道具係がいいな。

「王子は? やっぱり田崎くんでしょ」

「そりゃそうだよ。二人付き合ってんだから」

「いいじゃんいいじゃん! そうしようよ。ね、凛香」

 リアルカップルか。いいかもしれない。そのほうが盛り上がりそうだ。

「田崎くんがいいなら……」

「いいよ。楽しそうだし」

「よっしゃ決まり!」

 主役が決まり、その後もスムーズに割り振られていった。

 私はじゃんけんに負けて小道具係にはなれず、結局照明係になった。小道具係になれば、本番ほとんど何もせずに済むと思ったのに。照明係は本番が一番大変ではないか。けど……

「柚希も照明係だ。よろしくな」

「うん。よろしく」

 隣の席に座る叶愛くんは私に笑顔を向けた。私はその笑顔が嬉しくて照れたのを隠すようにすぐに俯いてしまった。変に思われてないだろうか。そんなの今更か。もう十五年の付き合いだ。いわゆる幼馴染ってやつだ。そして私にとって叶愛くんは、ずっと王子様。


「柚希。今日一緒帰れる?」

「え! な、何」

 あ、どうしよう。こんな反応可愛くない。

「柚希抹茶好きだっただろ。抹茶カフェがさ、美味しいって評判のカフェが駅の方にあるみたいなんだけど。一緒にどうかなって」

「い、行く!」

「やった。じゃあ行こうか」


「おお! 美味しそうだな」

 そのカフェは駅近くの商店街の中にあった。白と黒を基調としたシックな内装で、少し大人な雰囲気があった。

「白雪姫、あの二人は盛り上がるだろうな」

「うん。そうだね。二人、お似合いだもん」

 私は、叶愛くんの方が適役だと思うけれど。そう思っている人も少なくないだろう。叶愛くんはモテるのだ。かっこよくて優しくて。それを面白く思ってない人もいるけれど。

「二人はお似合いだけど役には似合ってない」

「え?」

「白雪姫は柚希の方が似合ってる」

「そんなわけないよ! 可愛い人がやるべきだよ」

「じゃあやっぱり柚希だ。学校で一番可愛いんだから」

「やめてよ。可愛くないよ。そんなこといったら、王子様は叶愛くんがいいのに」

 叶愛くんが私のことを好きなのは知っている。去年の春、告白されたから。けれど叶愛くんは私の好きな人じゃない。叶愛くんは私の王子様だ。

 女の子にとって王子様は憧れる人。結ばれることはあってはならない。叶ってしまったら、憧れることができなくなってしまう。王子様ではなくなってしまう。

「俺は王子様じゃなくていい。俺は、柚希の彼氏がいいんだけど」

「ダメだよ、それは」

 ああ、可愛くない。だから私は、お姫様にはなれないんだ。

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