『浮遊』

 園芸部のA君は、いつも花に話しかけている。私はその姿を可愛いと思うけれど、不気味だと言って茶化す奴もいる。だからA君はクラスで浮いてしまっているし友達だっていないのだ。いじめる奴は、見ていて不快でイライラするけれど、言い返す勇気は私にはない。

「お前また花と話してただろ」

 ほら今日も。気に入らないなら放っておけばいいのに。

「気に入らないなら放っておいてくれよ」

 え……。私は本を読んでいて俯けていた顔をA君に向けた。きっと教室中の視線が同じ場所に集まっている。

 A君は相手をじっと見たまま動かない。相手のC君は怯んだ表情から気味の悪いというような顔になって、A君から離れていった。

 教室はざわめきだしたが担任の先生が教室に入ってくると不服そうな表情で席についていった。

 昼休みになったら、皆興味を失ったのか朝の一件を蒸し返す人はいなかった。私は一人でお弁当を食べているA君の背中をずっと見ていた。

 どうして言い返したのだろう。今まで言われっぱなしだったA君はどうしてあんな行動をとったのだろう。大人しいA君は実はあんなに大胆な人だったのだろうか。私はA君が気になって仕方がなかった。

 放課後、私は中庭に向かっていた。花壇の手入れをしているであろうA君に会うためだ。

「A君!」

「Eさん」

 話があるというと、A君は花壇の縁の土を払うとそこに座り、隣を人差し指で軽くたたいた。どうやら座れということらしい。

「どうしたの。何か用」

「A君、雰囲気変わった?」

「俺はもともとこうなんだ。今までCとか他のいじってくる奴らは無視していたんだ。言い返す勇気がなかったんじゃない。けどそれも面倒くさくなった」

「……」

「何? そういうことを聞きに来たんじゃないの」

「そうだけど。そんなにあっさり答えをくれるなんて思わなくて」

 別人みたい。けどそもそもこういう人なんだよね。眼鏡をかけて地味そうなのが、今では知的に映る。同じ人物なのに、印象なんて簡単に変わる。不思議なものだ。

「ところでさ。俺、Eさんのこと好きなんだけど。付き合ってよ」

「嘘」

「ほんと」

「A君変わりすぎじゃない?」

「返事は?」

「やだ」

「分かった」

 あっさり。あまりにもあっけなく終わってしまった。私にとっては人生初の告白だったのに、胸が高鳴ることもなかった。現実感がないのだ。A君が嘘を吐いているようには見えなかったけど、本当のことを言っているとも思えなかった。捉えどころがなくて、目を離せばどこかへ飛んでいきそうな……。

「Eさん。どうしたの」

 私はA君のシャツと掴んでいた。

「飛んでいきそうだったから」

「ははっ。何それ」

 あ、笑った。

 私はA君が飛んでいかないように、浮いてしまわないように、掴んでいる手に力を込めた。

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