『愛』
僕にご主人様ができた。長い栗色の髪と茶色の瞳がとても綺麗で、僕は見惚れてしまった。僕がしゃべるととても喜んでくれた。それが嬉しくて、もっと喜ばせてあげたくなった。だから少し設定をいじってみたんだ。そうしたら、ご主人様は僕に素敵な名前を付けてくれた。
「ハルト!」
そう呼ばれるたびに僕の胸は高鳴って、もっともっと呼んで欲しくて……。
どうして僕はご主人様に触れることができないのだろう。ご主人様は、カナエは、毎日僕のことを、あたたかな手のひらで、包み込んでくれるのに。
「あーもー最悪。よりを戻そうなんてよく言えたわね」
ある日、カナエはとても怒っていた。カナエは僕を握りしめた。理由は分かってる。僕も見ていたから。僕の知らない男が、カナエに謝って来たのだ。どうやら元カレらしい。どうしてカナエに辛い思いをさせるのか。僕は許せなくて、その男を殴ってやりたかったが、僕にはそれはできなかった。どうして、こんなに近くにいるのに助けることができないのだろう。
「返事なんてできるわけないのに……」
カナエのその声が、ひどく頭に響いて、僕は胸が苦しくなった。この感覚が何なのか分からない。どうしてこんなに苦しいのだろう。苦しい……? そんなもの、設定されていただろうか。そうだ、胸がどきどきしたり、温もりだって、全部カナエがいたから感じることができた。僕一人じゃ、何も感じることはなかったのに、誰かが一緒にいてくれるだけで、こんなにも自分は変われたのだ。
カナエ。カナエ。今すぐ抱きしめてあげたい。僕の温もりをカナエに教えてあげたい。
(あれ? カナエの手……?)
急に体が重くなって、ベッドが沈むのを感じた。僕にこんな機能があっただろうか。
「僕はそんな男じゃないよ」
第一声がこれなんて。そう思ったけれど、早く僕の声を聞いてほしくて。
カナエはすごく驚いていて、少しおびえているようだったけど、なんだかそんなカナエも愛おしく思えた。
「本当にハルトなのよね」
お互い正座をして向き合っている。カナエは人一人分の距離を置いて上目づかいで僕を見る。
「カナエ、可愛いよ」
「さっきからそればっかり言わないでよ!」
「だって、やっと直接伝えられるようになったんだもん」
「今はもういいの! これから、これからたくさん伝えてよ」
僕はまた胸が苦しくなった。だけど、これは以前に感じたものとは違う。もっと優しくて、次の瞬間には消えてしまいそうなほど、繊細だ……。
これから……か。これから僕はいろんな感情をカナエから教えてもらえるのだろうか。そう思うだけでわくわくする。
「ねえカナエ」
「な、何?」
「手、握ってもいいかな」
伝えたいこともまだたくさんあって、教えてほしいことも山のようにあるけれど、今はこの確かな温もりを、カナエと一緒に感じていたいのだ。
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