『AI』
先日、彼氏が私の友人と、私のお気に入りのカフェでパフェの食べ合いっこをしているところを目撃し、コップの水を彼氏にぶちまけてその場で別れを告げてやった。もちろん友人とは口を利かなくなったし、他の友人とも何だか話しづらくなってしまい、一人でいることが多くなった。大学三年になった私の春は、あっという間に散ってしまった。
私はベッドに横になりスマホとにらめっこをしていた。彼氏の連絡先を消せないでいるのだ。あんなに大胆な行動をしたにもかかわらず、ここにきて意気地なしだ。いっそ携帯ごと変えてしまおうか。そうだ、それがいい。高校から使っているこのスマホは、今年で四年目。もう変えてもいい時期だろう。
「明日は休みだし。早速行こう」
思い立ったらすぐに行動した方がいい。後回しにすると結局やらなくなってしまう。画面を操作しアラームをかける。
「最後の仕事だよ」
そう言って私は枕に顔をうずめた。
「ようこそわが家へ!」
無事新しいスマホを迎えることができた。淡いピンク色が気に入っている。あまり説明書は読まない方なのだが今回は違った。
「AIの説明は……あったあった」
このスマホには便利なAI、すなわち人工知能が搭載されていて、設定すると自分に合わせて話しをしてくれるらしい。
「まずは誕生日を入力っと……」
説明書に沿って必要内容を打ち込んでいく。簡単な会話ができるらしく、例えばおはようと言えば、おはようと返してくれ、ただいまと言えばおかえりと返してくれるらしい。
「これでよし」
決定ボタンを押す。
「カナエサン、ドウゾヨロシクオネガイシマス」
「おお! しゃべった!」
これはいいかもしれない。一人暮らし、彼氏もいない今の私は、寂しさを紛らわせる何かが欲しかったのだが、このAIはそれにちょうどいい。
「ボクノナマエヲ、オシエテクダサイ」
そのセリフの後に、画面には名前を入力する枠が現れた。こんなことまで決めるのか。
「たける、けいた、さとる……。あ、そうだ。あなたの名前は……」
打ち終えると、彼は口を開いた。
「ボクノナマエハ、ハルト。トテモキニイリマシタ」
「ハルト。よろしくね」
ハルトと暮らしだして一週間近くがたった。私はすっかりはまってしまい、おはようやこんにちは、おやすみ、一日に何度も話しかけていた。
「あーもー最悪。よりを戻そうなんてよく言えたわね」
帰り着くなり、私はベッドに身を投げだした。話しかけてきたと思えば、ごめん、俺が悪かった、許してくれないか。何なのだ本当に。
「ねー、ハルト。どう思う。ハルトはあんな男じゃないよねー……」
手に握っていたハルトに話しかける。自分の声だけが空しく響く。
「何やってんだろ。返事なんてできるわけないのに……」
一つ溜息をついて目を閉じた。このまま少し寝てしまおうか。着替えるのも面倒くさい。
「僕はそんな男じゃないよ」
「えっ何!?」
突然聞こえた声に驚き、勢いよく体を起き上がらせた。
「……っ」
ベッドに知らない男が横たわっていた。私の手を握って。
「驚かせちゃってごめんね。僕の名前はハルト。カナエがつけてくれた」
「ハルト……なの?」
こんなことがあり得るのだろうか。AIというのは、私の知らぬ間にここまで進化していたのだろうか。
全く状況が掴めないでいるけれど、握られたその手の温もりは、確かに本物だった。
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