『造花』

 教室のドアを開けると、床や机の上に花が散乱しているのが目に入った。

「え……」

 どういうことなのだろう、これは。

 教室にはまだ誰もいない。ホームルームが始まるまでまだ一時間弱ある。俺は誰もいない朝の教室が好きでいつも早く来ているのだが、俺の憩いの時間は何者かによって壊されてしまっていた。

 異様な光景を不気味に思いながらも、花を踏まないようにしながら席へ向かう。カバンを置いて教室をぐるっと見回した。カラフルだ。花の種類はバラバラのようだった。おそるおそる足元に落ちている一輪を拾う。

「造花?」

 生気のないそれは、より不安心を掻き立てた。誰がこんなことを? それにいつの間に? 昨日の放課後だろうか。それとも今日か……。

「あれ? 早いね」

 突然の声に驚いて持っていた花を落としてしまった。声の方を見ると、そこにはクラスメイトの女の子が立っていた。

「相沢?」

「おはよう。坂口くん」

 ポニーテールにした栗色の長い髪を揺らしながら教室に入ってくる。散らばった造花には何の反応も示さず、避ける気がないのか躊躇いなく踏んでいた。

「どう、このお花さんたち。綺麗でしょう?」

 相沢は教壇に立って言う。

「これ、相沢がやったのか?」

「そうよ」

 悪びれた様子もなく言ってのける。

「どうしてこんなこと」

「この教室にお似合いだと思って」

 相沢は跳ね上がり思い切り花を踏み潰した。その姿に、俺は急に相沢が何かとんでもない人格を隠しているように思えて怖くなった。

「先週から休んでる室田さん。先生は体調不良だって言ってるけど、あれ嘘よね。皆分かってると思うけど」

 口の端をあげ挑発的にこちらを見てくる。

「何が言いたいんだよ」

「そんな怖い顔しないでよ。別に坂口くんを責めてるわけじゃないんだから。室田さんがいじめられてるのなんて皆知ってるでしょう?」

 室田がいじめられているのは知っていた。学校を休みだしたのもそのせいだと分かっている。だからと言って助けてやろうなんて気はおきず、次の標的になりはしないか、自分の心配ばかりだ。けれどそれを責められる奴がいるだろうか。皆、そう思っているはずなのだ。だから室田は来なくなったんじゃないか。

「表面だけ取り繕って、綺麗に見せているだけ。この教室は作りものなの。この造花みたいに。どんなに綺麗で枯れることはなくても、だんだん汚くなっちゃう。この教室ももう汚れてる」

「教室が、汚れてる?」

「そう。都合の悪いことは見て見ぬふりをして自分の声を押し殺してる。人の顔色伺って、ハブられないように共感ばかり。息苦しくて、もう窒息してしまいそう……」

 相沢は一輪拾うと指先でくるくると回した。あの花は確か、リンドウだ。

「ねぇこれ、拾って。片付けるの手伝ってよ」

「え?」

「え、じゃなくて。このままにはしておけないでしょう」

 自分勝手な奴だと思ったが、他の人に見つかって騒ぎになるのも面倒くさい。ここは素直に従おう。

 結局、無意味に思えるこの行動の意味は分からずじまいで、だけど相沢の言わんとしていることは分かってしまう自分がいた。

「この花だけ多いな」

「ヒナギクよ。好きだからいっぱい持ってきちゃった」

 そう言って笑った相沢の表情は、さっきまでの怪しい雰囲気とは正反対のものだった。

 ヒナギクか。俺は相沢が背中を向けているのを確認すると、制服の胸ポケットに、それをしまい込んだ。

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