第9話 仲間
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さっきまでサラサラと降っていた雨は、今やもう本降りとなっている。
慶長の運転するワゴン車は高校生四人を乗せて雨の夜道を急いでいる。ワイパーは激しく動き、フロントガラスに当たる夜雨を蹴散らしている。
深雪はもうすっかり意識を取り戻し、体調に異常はなくしっかりと回復している。自分がマノコのキャリアーになりそうだったということもあまり現実感は無いようだ。
亮介達は、大雨の中帰すのはダメだということで、慶長に送ってもらうことになった。慶長はそれぞれの家にまで確実に送り届けることを良観と約束して龍告寺を出たが亮介は途中にスーパーマルカツに寄ってもらうように申し出た。
「それは構いませんが。大丈夫ですか?もう随分遅いですけど」
慶長が心配したが亮介には確かめておきたいことがあった。
「うん。すぐに済むことだから。これからのバイトのシフトとかちゃんと確かめておきたいんだ」
「そうですか。それならばすぐに済みそうですね。ではまずはスーパーマルカツに寄ってから皆さんをお送りしますね」
異論はなかった。それから数分、激しさを増す雨の中亮介達を乗せたワゴン車はスーパーマルカツに向かって走り出した。五人を乗せたワゴン車の車内ではほとんど会話らしい会話はなされなかった。五人はほとんど無言で窓の外の降りしきる雨を眺めていた。
スーパーマルカツの駐車場は車五台ほどがおける小さな駐車場だ。配送のトラックもこの駐車場を利用するので実質は三台分ぐらいしか確保ができていない。当然今日は営業ができていないので駐車場に止めている車は無い。慶長は駐車場の一番手前に車を滑り込ませた。
「さて着きましたよ」
「じゃぁ俺一人でちょっと確認してくるね」
「いやちょっとお待ちください。さすがに亮介さん一人で行かせるにはいきません。ココはマノコ騒動があったばかりの場所ですよ。私もついていきます」
亮介は暫く考えたが、
「そうかそれならばついてきてくれるか」
そう言ってみんなを見た。運転手が降りるとなるとエンジンが切られた車の中にとどまる事は少し憚れたのか、ブッケンの三人は
「僕たちも…ついて…いく」
と門田の一言で全員で行くことに決まった。
通常、従業員や関係者は裏の通用口から出入りすることが決められていたが、今回は慶長やブッケンのメンバーがいる。亮介は店の入り口から行くことに決めた。
激しい雨の中駐車場から入り口までの数メートルで亮介達ははびしょ濡れになった。亮介達は店の入り口の小さな庇の下で体にまとわりついた水分を払った。雨音がけたたましく、地面を叩く。
「それにしても、随分ひどい雨ですねぇ」
慶長が呆れたように夜空を見上げながら呟いた。
庇のすぐ下に付いている自動ドアのセンサーを見ると運転中を表すグリーンのランプがついている。
自動ドアを抜け店の中に入った。
店内は全ての電気が灯され明るかったが、お客さんは一人もいない。閉店業務後と同じようにお惣菜の棚や、精肉棚にはシートがかけられ、いわゆる箱物の商品はきれいに正面が揃えられていた。
亮介達が龍告寺に行っている間にすべての後片付けは終わられていた。亮介は閑散とした店の中を迷うこともなく奥のクロークの方へ向けて歩き出した。その後ろから慶長、深雪、少し遅れて門田、西村と続いた。
人のいないスーパーに入ったことがない門田と西村は興味津々の様子で辺りを見回している。普段なら陽気な音楽が流れ、商品棚の間を滑るカートの車輪の音や、近所のオバ様たちの何気ない挨拶や立ち話の声、お菓子をねだる子供達の声などで充満している店内だが、今は業務用冷蔵庫のモーター音と自分たちの地面をこする足音だけが聞こえる。
よく考えてみると、ここは死んだ魚や、屠殺された牛や豚、鳥の肉が並べられ選ばれ、買われていく。土に生えていた植物たちは引っこ抜かれ、切り落とされそれぞれを袋や箱に詰められて持ってこられる。ここは、ほんの数時間前までは生きていたかもしれないものたちが、綺麗に包まれてディスプレイされている場所だ。この場所はいわば、死があふれている。人が出す音のない夜のスーパーは『生』よりも『死』の方が大きくなるそんな不気味な空間のように感じられた。
亮介は銀色で丸い大きな覗き窓がはめ込まれている観音開きの扉の前に立った。
「一緒に来る?すぐに戻ってくるけど?」
亮介は慶長と深雪に聞いてみた。
「いえいえ、せっかっくなんで奥まで連れて行ってください。スーパーの裏側なんて滅多にみられませんし」
慶長がついて来ると主張した。
「・・・そうです・・・僕たちも・・・是非・・・」
遅れてやってきた門田もそう言った。
「そう。ならどうぞ」
と、亮介はクロークの扉をゆっくりと優しく開け、生魚の匂いが漂うリノリウムの床を奥へと進んでいく。後から四人がついてくる。
クロークの中は左右にはうずたかく積まれた野菜やスナック菓子の段ボールが通路を作っていた。その積み重ね、並べられた段ボールに人が通れるほどの隙間を作り、それぞれの商品を加工してパックに詰めたりする調理場の入り口までの通路を作っている。亮介を除く四人は綺麗に整理された店内とは異なった乱雑さと、薄暗さが感じられ、いかにも裏側に足を踏み込んだ非日常感に少し興奮した。
それぞれの加工場には観音開きの扉があり、鍵はかけられていない。入ってすぐ右には精肉加工場があり、左には鮮魚部の加工場がある。生肉加工場の奥は青果専門の加工部屋となっている。その廊下の一番奥にはフライヤーや焼き場がある。ここは売れ残った生鮮食品でお惣菜を作る場所だ。その調理場の奥にロッカーが並べられた事務所の扉がある。
「ちょっとここで待っていて。ここから先は調理場と事務所で基本的に部外者は入れないんだ」
亮介はついてきた四人を調理場の扉の前で待機させ、迷うことなく事務所に向かって歩いていった。
ボヤ騒ぎがあったので、フライヤーの油はきれいに抜かれていた。明日新しい油をここに注ぎ込むのだろう。足元には業務用油の四角い缶が四つ並べられていた。
事務所の扉の小窓からは明かりが漏れている。ドアの裏側にシフト表が貼られているので確認するのには必ず事務所の中に入らなければいけない。
「失礼します」
亮介は普段通りの挨拶をして事務所の扉を開けた。
事務所はぐるりとコの字型にロッカーや本棚が並べられ真ん中にソファーと椅子が置かれている形になっている。
事務所の中にはこちらに背を向けてソファーに座った部長がいた。部長は背を向けているので亮介の存在に気づいていない。机の上に向かって何やらぶつぶつと独り言のようなものを唱えていた。机の上はきれいに整頓されガラスの灰皿が1つ置かれているだけだった。
亮介は部長の肩越しに机の上を覗いてみた。するとその灰皿の中に棉埃のような黒い塊があった。
「マノコ」
亮介は直感的にそれがマノコだと気付いた。
部長はまだ気づいていない。
亮介は部長の言葉に耳を傾けてみた。
「どうやらあなたの存在が徐々に大きくなりつつあるようですね。このままでは必ずあなたの存在は周りにばれてしまいます。それに、中川君です。彼にはキャリアーとなるようにゆっくりと育てていくはずだったんですが、失敗しました。彼は確実に我々の敵となります。どこでどうあの力を手にいれたのかわかりませんが、私は見ました。彼がマノコを操り、我々の仲間を倒すところを。まだ扱いには慣れていないようですが。とにかく早く次の段階にいかなければいけなくなってはいます」
灰皿の中の綿のような存在はうねうねと形を変えながら地を這うような低い声で反応した。
「そうか。もうそろそろ私の気も大きくなりだしている。このままここで時間を費やしても仕方がない。準備はできているのか」
「はい。十分にできています」
「この間のような失敗は許されないからな」
「はい。あの中学生にはあまりにもあなたの力を大量に摂取させすぎました。彼のキャパシティーを遥かに超えた力を注入しすぎました。だから彼は暴走した」
「今回は」
「はい。そのようなことがないように、ゆっくりと少しずつ万遍なくあなたの力を商品に染み込ませています」
「いかほど」
「おそらくは二百件ほどかと」
「そうかそれならばいいだろう。大きな声を上げるものが二百件あれば人は扇動される」
「同調圧力からの解放とでも言いましょうか。」
「簡単に言えば個人主義、しかし我々が狙っているのは人のつながりを断つ事。これが蔓延すれば人々は協力しなくなる。人間一人ずつの力なんぞ取るに足らん。やがて、人間どうしそれぞれが潰しあってくれるようになる」
「確かに。人のつながりとは脆弱なものです」
このやりとりを聞いていた亮介は、事務所の扉をわざと乱暴に閉じた。
大きな音を立てて閉じられた扉に気づき部長は振り向いた。部長は一瞬顔を強張らせたがすぐに何事もなかったかのように
「なんだ中川くんじゃないか。どうしたんだい?そこにいたんなら声をかけてくれよ」
と微笑んだ。
「やっぱり部長だったんですね」
亮介の目は部長を非難するかのような鋭いものになっていた。
「おかしいと思っていたんですよ。最初の違和感はスーパーたかむらだった。あなたはスーパーたかむらに偵察だと俺に言った。そして、絹ごし豆腐にマノコが憑いていた。そこで気がつくべきだったんだ。でもあの時は俺の体調を戻したい一心でそれどころではなかった」
「何を言っているんだ?」
「緒方さんが教えてくれた。緒方さんは特別に空気を読むひとだ。緒方さんが調理場にいた時の悪寒は部長だったんです。」
「いったい何の話をしているんだ!ボヤの後片付けや休まなければならないハメになってコッチは疲れているんだ!」
部長は声を荒げ怒鳴った。
「あなたはさっきなぜ食パンの袋が破れる心配をしたんですか?あそこはパンコーナーだけじゃなく、ドリンクや乳製品も置いてある。それなのにあなたはピンポイントで食パンと言った」
「さっきの話か?だからなんだ」
「あなたはまだミランが俺の元に戻る前に食パンを見た。つまり、あなたにはミランが見えていた」
亮介は確信を持って言った。部長の表情が険しくなった。
「そして、俺には見えるんです。その灰皿の中が」
亮介は机の上に置かれた灰皿の中の黒い綿埃を指差した。部長も灰皿に目をやる。
「やっぱり、そうですよね。見えてますよね〜」
部長が灰皿を両手に持ち立ち上がった。フラフラユラユラと体を揺らしながら部長は亮介に近づいてくる。
亮介は身構えたが、それと同時に今まで感じたことのないような悪寒が全身を駆け巡った。背中のあたりがゾクゾクとし、背骨を凍らせる。胃の中は金属の棒でかきまぜられるような感覚になり、心臓は激しく鼓動を打った。亮介の周りの空気は重く澱み、その空気を吸った肺は張り裂けそうになるほど大きく膨らんだ。頭痛と立ちくらみ、眼窩の痛みそれに強烈な耳鳴りが亮介を襲った。
「どうしましたか。非常に体調が悪いようですが」
部長は両手に灰皿を持ったまま、ゆっくりと近づいてきている。灰皿の中では得体の知れない棉埃のような黒いものがウネウネと波打つ。
亮介は、膝から力が抜けていくのが分かった。小さなドアノブに手をかけ何とか体制を保つのが精一杯だった。
このままこの場所にいては危険だ。そう悟った亮介は肘の裏側でドアノブを回し、這うように事務所から出た。
膝はガクガクと震え、悪寒は続いている。地面に転がりながら部屋を出た亮介はみんなが待っている調理場の向こうを目指した。
途中、床に置いていた油の缶に足が当たり派手に新品の油を撒き散らしてしまった。全身、油と埃とヘドロのような汚れにまみれながら、それでも何とかみんなの待つ扉の前にたどり着こうともがき這いずる。新しい油と使い古され腐った油が混ざり合い、そこに魚や肉の独特の獣臭が混じり合った匂いが全身を包んだ。腹の中から未消化の食べ物が逆流してくる。喉元から口の中へキリキリとした熱いものが這い出してくる。亮介は我慢できず、胃の中のものを床に撒き散らした。亮介の顔は、吐瀉物と涙や鼻水、ヨダレでドロドロに汚れきった。もう残っているものは何もないはずなのに、亮介の胃は体内に侵入した異物を排除しようともがいている。普段ならほんの数歩でたどり着く距離なのに、今は途方もなく彼方に感じられる。
部長は不気味な笑みを浮かべゆっくり近づいて来る。部長の足も覚束ない。全身がユラユラと揺れている。
亮介は床から顔をあげられなくなっていた。あらゆる病苦の苦しみが体全体を襲う。亮介はキッチンの扉の前でうつぶせに倒れこんでしまった。もう腕の一つも動かす力は残されていない。油の粘度と床のザラつきを頬に感じる。こちらに近づく部長の足が見えた。意識は遠のいていきそうで、うすぼんやりとしていたが、その光景は亮介の目を見張るものだった。
部長の足は浮いていた。
床に飛び散った油の塊は揺れることもなく、その形を保ったまま、波紋や油の雫も飛ばない。それなのに、部長は歩いている。ユラユラと揺れながら左右の足を交互に出している。首は傾き、肩は落ち、それでもニタリと笑いながら。
強張る全身の筋肉と止まらない冷や汗。汚れと腐った油の匂い。亮介は嫌悪というよりも、この騒動が始まって以来初めて恐怖を感じた。
亮介は固く目を閉じ、聞こえるはずもない足音を聞いた。もう部長はあと数歩で亮介の鼻先に触れる。全てが闇に包まれた時、亮介の体は高く引っ張り上げられた。
「大丈夫ですか?」
亮介は慶長に調理場から引きずり出された。
「中で大きな音がしたので、様子を見ようと思って扉を開けたんです」
「助かった。とにかくここから出なきゃ」
亮介は詰まる喉から絞り出すように声を出した。
「あの人は?」
慶長は部長を見ていた。
「部長。…黒幕…とにかく…早く」
灰皿を持った部長がゆっくりと近づいて来る。
慶長はドクドクと血液が全身に巡るような熱さを感じた。この場所に留まっていてはいけない。本能的に慶長は感じ取り全身の筋肉を強張らせた。
部長は残り数歩の距離で亮介を追うのをやめた。部長は動きを止め、持っていた灰皿を両手いっぱいに伸ばし、前へ差し出した。その光景は何かの儀式が始まるかのように、ゆっくりと、確実に実行されているように見えた。部長の持つ灰皿の中身が細長く形を変えゆっくりと、枝分かれを始めた。それらはミミズのようにウネウネと揺れ動き、一本ずつが意思を持ったように、うねり、絡まり合いながら上昇と下降を繰り返した。その不気味な動きをする綿埃のような塊の先端部分が部長自身の目や鼻、口、耳といった顔中の穴に向けて侵入しだした。
部長は傾いた首のままその状況を当たり前のように受け入れているのか、身動きすらしない。それどころか侵入をより促すようにその場にゆっくりと跪き大きく息を吸い込んだ。黒い棉埃の塊は部長の顔面から体内への侵入を加速させた。灰皿にあった黒い綿埃の塊が全て部長の体内に入りきった時、部長は仰向けになり海老反りに仰け反った。
「ぐわわわわー」
部長がこの世のものとは思えない叫びでのたうちまわった。
その時、その様子を慶長の後ろで見ていたブッケンの三人の数珠が真っ赤になり、弾け飛んだ。
「何ですかこれは!とてつもないパワーです。ここは磁場が強すぎます!こんなに磁場が強ければ亮介さんのミランも出てこられない!とにかく、一刻も早くここから出ましょう」
五人の意識は一目散にクロークの出口に向かった。
調理場の地面に仰向けになった部長の体はピクピクとあらゆる筋肉が痙攣を起こしていた。
五人の足は店内に向けて走り出そうと踵を返した。目指す先は観音開きで銀色のアクリル製の扉である。
痙攣が収まった部長は、静かに立ち上がりフラフラとまた五人に向かって歩き出している。
まずはじめに西村と門田が店の中に飛び出した。それから、二人は扉を開けっぱなしに固定した。続いて深雪が大きく開いた出口から出てきた。
しかし、亮介を肩に担いだ慶長の動きは遅い。後ろから部長が迫って来る。
「慶長さん!早くっ!」
深雪が大きく手招きする。
慶長の額から粒のような汗が吹き出してきた。亮介の意識はほとんど飛んでしまっている。慶長の足元は油にまみれよく滑る。力の抜けた亮介を担いで逃げる慶長の太ももの筋肉はもう限界に近づいている。
あと数歩で扉の先に着ける。何とか最後の力を振り絞り、慶長は両足に力を込めた。その時、慶長の肩が何かに触れた。その感触はあまりにもリアルだった。振り向くとそこには部長の傾きニヤけた顔があった。
「もう無理ですよ〜。逃げられませんね〜」
慶長の鼻先で部長は揺れた声を出した。その声はまるで地を這う蛇のように不気味で、全身に鳥肌を立てるよだった。部長の口や鼻から真っ黒いモヤが漏れ出ている。部長の手にはいつの間にか大型の包丁が握られている。
部長は持っていた包丁を振り上げ、その切っ先を慶長に向けて振り下ろした。目を見開いた慶長はすぐに自分の無念さを悟り、絶望しながら心の中で念仏を唱えた。
その時、部長の包丁が突然後方へ弾け飛んだ。と同時に慶長の肩は解放された。その勢いも手伝って、慶長は転がり込むように扉の敷居までたどり着いた。
顔を持ち上げた慶長の前には、深雪が手を伸ばして涙目で部長を睨みつけていた。
その手の先には頭にターバンのような布を巻き、派手なバルーンパンツ、キラキラと光る装飾が、施された布を身体に巻きつけて、大きく湾曲した刀を手にした女の子が浮いていた。
「私にも見えるよ」
深雪は鼻をすすりながら力強く言った。
「深雪さん」
亮介と慶長は這いながら扉の外に出た。
部長は何が起きたのか理解できずその場でたたずんでいる。
店内に転がり出た亮介の胸元からミランが飛び出してきた。
「やっと解放されました!あの強烈な邪気のせいで私は身動きすらできませんでしたから。さぁ、ご主人様、ここは私達が」
部長を睨みつけながら、二人のマノコは臨戦態勢をとった。
「気をつけてください。こいつは今ままでのマノコとは全く違います!猛烈な邪気を感じます」
慶長が叫んだ。
「わかっています。どれぐらいできるか分かりませんが、皆さんがここから出て行く位の時間は稼げるでしょう。早く行ってください!」
その言葉を聞いて五人は自動ドアに向けて走り出した。亮介の体調はまだすぐれてはいなかったが物理的な部長との距離が開き、何とか一人で動けるくらいにはなっていた。
「さて、ここからどうしましょうか」
二人のマノコは剣と槍を構え直した。
「こうなったら先手必勝!」
そう叫んだミランは傾いている部長の首をめがけて突っ込んでいた。
ミランの槍は部長の首をかすめた。その傷口から黒い液体がドロリと流れ出た。
「やった!出てきましたね」
続いて深雪から出てきたマノコがその黒い液体に剣を突き立てた。しかし、力が弱いのかその剣は黒い液体に弾き返される。
「くそっ」
何度も剣を突き立てるが全く歯がたたない。鋼鉄の液体はどんどん部長の首から流れ出てくる。ミランも参戦し、槍を突き立てたがこれも弾き返される。黒い液体は部長の肩から胸辺りを覆いはじめていた。
「鬱陶しいわ!」
部長が叫びながら、ミラン達を手で払いのけた。
「きゃー!」
そのあまりにもパワフルな一撃で、ミラン達は店内に弾き出された。すぐに態勢を整えるも、この圧倒的なパワーになすすべもない。
部長は一歩ずつクロークから出てくる。部長の足が完全に敷居をまたいだ。全身が店内に出てきた時、部長は雄叫びをあげた。
「ハァーアーダーァァァッ!」
部長の顔や、あらゆる関節から黒いモヤが噴き出した。
猛烈な衝撃波が店内の空気を震えさせた。その衝撃波は店の奥から表へと拡散していった。
棚は揺れ傾き、箱物はバラバラと落下した。綺麗に重ねられていたカップ麺は崩れ落ち、牛乳などの紙パックは裂け、ペットボトルの蓋は圧力に耐えかねて弾け飛んだ。
「ふう。やっと出たぞ。この瞬間を待っていた」
静かに重たい声で話す声はもはや部長の声ではなかった。
何とかガード姿勢が間に合ったミラン達はそれでも店のガラス付近まで吹き飛ばされていた。
「くそ、このままではやられてしまいます」
ちょうど亮介達は自動ドアを抜けようとしていた。
店の奥の方では部長がケダモノのような呻き声を上げながら店内を暴れまわっている。
「くっ、こんな時はどうすればいいのでしょう」
暴れまわる部長と目があった。ピタッと部長の動きが止まったが、次の瞬間ミラン達に向かって猛烈なスピードで駆け寄って来る。
「グィワーッ」
言葉にならない叫びが近づく。考えている余裕などなかった。
「一旦退散です」
ミラン達は自動ドアまで浮遊していき、亮介達の後に続いてスーパーマルカツから出ていった。
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