第8話 除霊

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 通玄は薄暗い本堂の真ん中にあぐらをかいて座っている。目の前には懐かしい薬師如来像がある。両脇のろうそくの火に照らされて、その仏像の陰影が濃くハッキリと現れている。

 外はサラサラと薄い雨が境内を覆っていた。

 広い本堂の板間は静かで冷たく体の疲れを癒してくれるようだった。

 この家に生まれたからには僧侶になる事は義務付けられていた。通玄は幼い頃から四歳歳上の兄とともに僧侶になる修行として剃髪はもちろん書や読経の他に掃除、身の回りの整理整頓などを厳しい戒律の中で徹底的に叩き込まれた。

 その厳しい戒律から飛び出し大人になった今でもその習慣は、長年放置された金属のサビのように根深く身について剥がれてはくれない。

 この寺と地域にまつわる話を聞かされたのはが十二歳の時だった。

 代々、この寺には男子が二人できる。女子も生まれる時もあるが、必ず男子は二人できる。そして、必ずどちらか一方の男子だけがこの寺を継ぎ、守っていく。もう一方には子は恵まれず、寺から追い出され、この寺に関するあらゆる物事から縁を断ち切られる。自死となるケースもあった。先祖たちはそうして代々一人でこの寺を守ってきた。

 この寺と地域に関わる因習的なルールを破り、町そのものから飛び出したのは八年も前になる。

 年齢の差からいって兄が先に結婚することは自然な流れだった。通玄は兄の結婚を心から喜び、龍告寺の存続が約束された事に安心した。だがそれと同時に、自分がこの寺から退かなければならない事も受け入れなければならなかった。通玄は自らの置かれた境遇や運命とこの理不尽さの狭間で必死に戦ってきた。自分の欲や煩悩を断ち切り、世の泰平を願いこれまで以上に修行に打ち込んだ。

 しかし、通玄は恋をしてしまった。この恋心は強烈で抗うことは出来なかった。そして、通玄は気持ちを伝え、愛を語った。

 人は八年経てば人相も変わる。おそらく、よほどの関係者でない限り、八年前の通玄と今の通玄とは結びつかないだろう。

 剃髪で剃り上げていた髪はボサボサにのばされ、ヒゲは生え放題生やされている。目は落ちくぼみギラギラとしている。痩けた頬から通玄の今までの荒んだ生活が滲み出ている。真っ黒の裳付けと呼ばれる法衣はヨレヨレになり、裾は泥で汚れ、所々破れて穴も開いていた。

「久しぶりだな」

 良観が通玄に声をかけた。

「ああ。もうここには戻ってこないと思っていたが」

 通玄は振り向かずに答えた。

「お前が出て行ってからどれくらい経っただろうか」

「八年」

「そうかそんなになるか。死んでいるのか生きているのかさえわからないままだったな」

 通玄はなにも答えない。

「バカヤロウ!そのおかげでどれだけコバトが寂しくて辛い思いをしたと思っているんだ。四歳だぞ。コバトがウチに来たのは四歳だぞ!四歳で母親を亡くしたんだぞ!」

「遊里子は、どうだった?」

 通玄は絞り出すように聞いた。

「壮絶な最後だった。でも、俺は子を守る母の強さと美しさがあったと思っている。遊里子ちゃんは最後までコバトを守ろうと耐え、必死にもがいたよ。」

「そうか」

 通玄の肩が震えている。

「遊里子ちゃんは強いひとだった。こんな因習を断ち切ろうと、断ち切れると信じてた。お前とコバトと三人なら。もしそれが叶わないとしても、コバトには幸せになってもらいたいと。遊里子ちゃんはわかっていながらコバトのために全てを受け入れ、必死に痛みをこらえたんだ。」

 通玄の肩の震えが止まらない。

「コバトは、今、あの子はどうしている?」

 絞り出すように通玄は言葉を出した。

「奥の部屋で一人で寝ている」

「そうか。明日はコバトの誕生日だ。十二歳になる。もうそろそろだろ」

「ああ。でも、コバトには会わせないぞ。俺はあの子を自分の子供として育ててきた。コバトもそうだ。ここの連中はみんな家族だ。今さらお前が戻ってきてもあの子の中でお前の居場所なんてどこにもなにもない」

「ああ、わかっている。俺にそんな資格なんてないことなんか。でも、これをコバトに与えて欲しい」

 通玄は薬師如来の前に置いていた小さな布でできた巾着袋袋を良観に手渡した。その巾着袋袋は親指より少し大きめの玉砂利が一つ入るくらいのサイズだ。良観は巾着袋の中をあらためた。

「お前、これは…」

「見つけたんだ。八年もかかったけど」

「相手は?」

 良観は巾着袋のまま薬師如来の前机に置き、手を合わせた。

「わからない。でも、必ず近くにいる。やっとこれで終われる」

 良観を見る通玄は哀しく強い目をしていた。


 さらさらと煙る雨に龍告寺の鐘楼門は、街灯に照らされ所々を鈍く光を反射させながら濡れたところは色が濃くなっていた。鈍い反射と重たい色がこの寺の荘厳さを物語っている。門は閉じられていたが、慶長に連絡を取り門の横についてある小さな勝手口から境内に入っていった。

 弱い雨に濡れた二本の松の木は本堂から漏れるほんの少しの明かりと、薄くもやのかかった月明かりで黒い影を作っていた。境内に敷き詰められた玉砂利はほどよく水を含み、歩くたびにその水を押し出してリズムよく足跡を作っていった。

 本堂の前で慶長が傘を手に待っていた。

「雨も降ってきましたね。こんな日に慌てて数珠なんか。明日でもよかったじゃないのですかね?」

「そうなんだ。俺も明日でいいじゃないかと思っていたんだけど、どうしてもって。それに、マノコとさっき戦ってきたから」

「え?マノコが出たのですか?どうでしたか?まさか、亮介さんが?」

「いや、俺は見ていただけで、ミラン達が助けてくれた」

「ミラン達?」

 慶長は一瞬考えたが、

「まぁ、立ち話もなんですから、どうぞおあがりください」

 と慶長は本堂に上がり、中には入らず回廊を通って直接寺務所に四人を招き入れた。


 寺務所は相変わらず整理整頓が行き届き、書類でいっぱいになった本棚は歪んでいたがキッチリとファイリングされている。しかし、書類の数が多いのか今にも倒れてきそうなバランスでギリギリ保たれている。

 本堂に面した机の上には書道道具やパンフレット、小さなお守りや朱印の見本などが緑の書道用下敷の上に置かれ本堂の薄い光にぼんやりと浮かんでいる。

「本堂はお客さんがいらっしゃるのでここでお話をいたしましょう」

 寺務所の真ん中にある大きなダイニングテーブルを囲むように五人は座った。

「んで、どうなさいましたか?」

 慶長は勤めてゆっくりと話を促した。

 亮介はスーパーマルカツでのボヤ騒ぎから、食パンに憑いていたマノコの話をできるだけ細かく話した。真剣な眼差しで亮介の話を聞いていた慶長は深雪を見て

「深雪さん、あなたが気になります。あなたは、大量のマノコと接触されたのでは?微量ですが、あなたからマノコの気配を感じます」

 慶長は深雪の目を見た。

「もしかしてこれ?」

 深雪は両手を机の上に置いた。深雪の左手首にはまだハッキリと数珠の跡が残っている。慶長は深雪の手首を掴みじっくりと眺めた。

「あぁ、なるほど。これは、かなり強烈ですね。こんなにハッキリと現れることは今まで見たことがありません」

「痛みとか熱なんかは感じられないの」

「そうでしょう。もう粗方除霊は終わっています。しかし、取りこぼしですかね。ほんの微量ですが、気配が感じられます。最も、この寺には結界が張られているので下級のマノコがワルさを働こうにも出来やしませんがね。最初にマノコを感じたのは深雪さん、あなたでしたね」

「はい。私の数珠が熱くなってはめていられなくなりました」

「多分その時点で、マノコはターゲットをあなたに絞ったのではないでしょうか」

「私がマノコに狙われたのですか」

「いえ。マノコに意思はありません。マノコはその辺を漂っているだけです。ですが、キャリアーが近くにいると、そのキャリアーの意思で取り憑く相手や植物が決められます」

「えっ?じゃあ、マルカツにマノコに取り憑かれたキャリアーがいてるということ?」

「恐らくは」

「誰だよ」

 四人は亮介の顔を見た。

「俺?んなわけないだろ?何で俺がキャリアーになるんだ!」

「いや、でも、あの中で一番マノコに詳しく、操れそうな人は中川しかいない」

 深雪の目がどんどん険しくなっていく。

「待て待て、俺じゃないって」

「…中川くん…」

「うぉーい、門田まで!それよりも、これを見てくれ」

 亮介は話をそらすためにも、胸ポケットのブレイドを机の上に置いた。今は、冷たく、半透明の楕円形だ。

 このブレイドを手に入れた経緯を事細かに亮介はみんなに話した。

「ほう。しかし、私はこのようなものは持ち合わせていません」

 亮介は龍告寺の慶長ならマノコを感じ取れるし除霊までできるので、何らかのヒントをもらえるかと思ったが、期待はずれの答えにすこし肩を落とした。

「我々は厳しい修行を幼き頃から行ってきています。謂わば、マノコ退治のエキスパートになる訓練を積んできました。しかし、亮介さんはごくごく普通の人です。我々のような修行は積んでおられません。そのような方がマノコと関係を持ってしまうと、簡単に取り憑かれてしまうでしょう。きっと、ミランが何らかの特命を授かって亮介さんにこれを渡したのでは」

 亮介はブレイドを眺めている。やはり、変化はない。

「それより、早く本堂へ参りましょう。深雪さんに残されているマノコを祓わなければなりません。どうやら、先客もお帰りになられるようです」

 慶長は立ち上がり、深雪の手を引き本堂へつながる出入り口へ向かった。亮介はブレイドを手に取り後をついていった。

 本堂は寺務所からの明かりで意外なほど明るかった。

「おいおい。何だ。バタバタと騒々しい」

 良観が野太い声で寺務所から出てきた五人を眺めた。

 慶長は慌てた様子で深雪の手を引き、薬師如来像の前まで連れてきた。

「本当に申し訳ないです。お客様の前で不躾なのはよくわかっているのですが、なにぶん一刻を争うことですので」

 慶長は通玄に向かって頭を下げた。深雪もそれに釣られ頭を下げた。通玄はその場を避け、本堂の端に退いた。深雪が顔を上げ、通玄と目があった。そのとたん

「あー!ど変態のオヤジ!」

 と叫んだ。

 暖かい目で五人の若者を見てた通玄の目が困惑の表情に変わった。

「何だ?何のことだ?」

 深雪は通玄を指差して

「皆!コイツだ!コイツが昨日私に声かけたおっさんだ!」

 と言った。亮介は

「はぁ?何だって!何で龍告寺にいてるんだよ」

 通玄はますますわけがわからない。

 深雪は引かれていた手をほどき、通玄の前までツカツカと歩み寄った。

「あんたね、忘れたとは言わせないよ!これを見なさい!」

 深雪は左手首を通玄の前まで持ち上げた。

 通玄の目の前には、火傷の跡のような丸い傷跡が並んでいる細い女子高生の手首がある。

「?」

 通玄は訝しげに首をかしげた。

 亮介は深雪に小声で

「お前の手首にはもう何も付いてないぞ。てか数珠の形の火傷痕を見せてもどうなるもんでも無しに」

 と伝えた。

 深雪は手首をもう一度確認した。深雪はど変態のおっさんを見つけて、とぼけるようなら動かぬ証拠的に数珠を見せるつもりだった。そのシュミレーションは昨日から繰り返してきた。数珠を見せれば思い出す!これが証拠だ!と。しかし、今、肝心の数珠が無い。スーパーマルカツで壊れたまま放置してきてしまった。

 急に自分のことが恥ずかしくなってきた。

「にゃんか、しゅみましぇん」

 深雪は顔を真っ赤に染めてソソクサと手首を引っ込めた。

「はっはっはは。」

 良観が大きな声で笑いながら

「まぁ、賑やかでよろしい。んで何しにきたんだ?」

 と聞いた。

「それが、マノコに…」

 深雪が答えようとした時、突然横から

「君はもしかしてマノコと接触したのか」

 通玄が慌てた様子で聞いてきた。

「あ、はい。」

 その勢いに気圧されたのか反射的に深雪は答えた。

「やっぱり。じゃぁその手首の傷跡は」

「先ほどマノコと接触した時にできた傷跡です」

「君からほんの少しだがマノコの気配がする。早く除霊しなければ」

 通玄は懐から長い数珠を取り出した。

「あ、ここは私が」

 慶長が遮ったが

「慶長は補助だ。この子に憑いてるヤツはかなり特殊だ。何というか、今まで感じた事ない、増殖率がとてつもなく高いヤツだ。この子をキャリアーにさせようとしているんじゃないのか。それが証拠にホラ」

 通玄は深雪の手を掴んだ。深雪の左手首の傷跡はどす黒く変色し、数珠の形の丸い跡ではなく、一本の太い痣のように巻き付いていた。

「吉岡!お前!何ともないのか?」

 亮介はその手首を見て叫んだ。

「いや。別に。痛くもないし。何にも感じないんだけど。むしろ何だか愛おしく感じてるよ」

 深雪は左手首を優しく撫でた。深雪の手首の痣がジワジワと広がっている。手首より先、手のひらはもうほとんど赤黒く染まっていた。指先は赤みを帯び、この先は黒く変色することが想像できた。腕のほうは肘の手前まで真っ赤に染まりながらその進行を止めることはなかった。肉眼でもハッキリと分かるスピードで侵食は進んでいる。この赤黒い痣はものの数分もしないうちに深雪の身体を覆ってしまうだろう。

「まずい。もう侵食が始まっている」

 通玄は持っていた数珠を深雪の肩にかけ、まるで止血をするかのようにキツくねじり絞り上げた。

「なんだか気持がいいなぅぅぅ。」

 深雪は恍惚の表情に変わった。

「慶長!早く真正棒だ!」

 通玄が叫んだ。

 良観がもうすでに傍で真正棒を手にスタンバイしてした。慶長はそれをもぎ取ると深雪の左腕に軽く叩きつけた。真正棒が触れたところは一瞬普段の色に戻るがまたもとの赤黒い色になってしまう。慶長は幾度となく真正棒を深雪の腕に当て続ける。

 良観、通玄、慶長の三人の読経の声が重なる。それぞれの役割に応じて読む経が違うのであろう。三者三様のそれぞれの読経が本堂に響き渡った。それぞれが全く違う言葉を発している筈なのにも関わらず、やがてその響きは一つの大きな塊となり本堂全体を包み込んでいく。それは言葉や声といった人間が作り出すものとは大きくかけ離れ、一つの連続する音となっていった。

 深雪の腕は肩から数珠で絞りあげられてはいたが、少しずつ漏れ出していたのだろう。赤い痣は深雪の顎から頬にかけて広がっていた。

「なんなのこれ。今まで経験したことないんだけど。気持ちいーよー」

 深雪の目がトロリとしてきた。

 三人の僧侶の額からは汗が噴き出している。三人の読経はますます力が込められる。その声は一つの音の塊となり流れてゆく残響を追いかけるようにこだまする。そしてそれはまるで生き物のように本堂を所狭しと駆け巡る。三人が出す音の共演は本堂全体を満たし、それは周りの景色と同化しもはや風景と化していた。

 慶長の真正棒を振る腕の筋肉は盛り上がり、足元の汗溜まりは黒い染みを床に作り出していた。

 その時、亮介の手に握られていたブレイドから眩い光が放たれた。それと呼応するかのように薬師如来の前机に置かれていた小さな巾着袋が明滅し始めた。その光は初夏に飛び交う蛍の光のように小さく優しい。

 その明滅のスピードは徐々に速くなりながら、前机の上から浮き上がった。フワフワとゆっくりと浮き上がった巾着袋袋の上昇が止まった。空中で動きが止まると巾着袋は突然はじけ飛び、まばゆい光を放つちいさな勾玉のような半透明の水晶玉が中から現れた。

 亮介の持つブレイドと薬師如来の前の水晶玉が深雪の腕と一直線上に結ばれた時、放射されていた光は集まり、レーザー光線のように深雪の腕を射抜いた。

 深雪の腕は跳ね上げられ、その腕と同じ形のどす黒いモヤが現れた。

 深雪の腕はだらりと垂れ下がり、もとの肌の色に戻っていた。しかし、どす黒いモヤは跳ね上がった腕の形のまま、ブレイドと水晶玉が光を照射し続けている。ブレイドから放たれる光の線はその明るさを増していき、やがてどす黒いモヤは霧散した。

 ちいさな水晶玉はゆっくりと下降しもとの前机に音もなく着地した。もう光ってはいない。ブレイドも輝きをやめ、亮介の手のひらに収まっている。

 良観、通玄、慶長の三人はあっけにとられて、読経を唱えることも忘れていた。深雪は虚空を眺めている。

 本堂は静寂に包まれた。

「吉岡!」

 亮介が深雪の元へ駆け寄った。

「大丈夫か?お前!」

 深雪の肩を揺らしたが深雪の目の焦点はまだ合わずボンヤリとしているようだ。ふと我に帰った慶長は

「亮介さん、あなたっ・・・!」

 と何か言いたそうにしていたが言葉が続かないようだった。

「どうやら、揃ったようだな」

 良観がニヤリと笑った。

「どういうことですか」

 深雪の肩を抱えたままの亮介が良観に向かって聞いた。

「これは、本来の持ち主のもとに戻さなければならない」

 良観は前机から水晶玉を取り上げた。

「それは、亮介君が持っていなさい」

 良観はブレイドを指差しながら言った。

「これは、どういう力なのですか?」

「それは、どこでもドアだ。んーん、まぁ、立ち話も何だからみんな座ろうか」

 そう言って良観は薬師如来を背にあぐらをかいた。

 慶長が立ちっぱなしになっている深雪を亮介からあずかり、薬師如来の前に寝かせた。

 それから、良観、亮介、門田、西村、慶長、そして通玄と車座になった。

「さて、どうしようかね。まずはこの寺の因習から話そうか」

 良観はゆっくりと話し出した。

「はるか昔我々の先祖がこの地で壮絶な戦いの後マノコを封印したのはこの前の話でわかってもらえていると思う。実はこの話には少し続きがあって、これは我々織田家の問題でもある。我々の先祖は代々この龍告寺を継いできた。龍告寺には必ず男子が二人生まれた。そのうち一方の男子は家族をつくり、龍告寺を引き継いで行く。しかし、もう一方の男子には子を産み家族を持つことは許されない。家督を継いだものはその力を子供や孫に引き継がせて行くが、継がなかったものは一代限りでその力を失う。その理由はマノコを退治する力の分散を先祖たちが恐れたからかもしれない。表面積と圧力の関係と考えてもらえると分かりやすいかな」

 広範囲に渡ってマノコを封印するより、楔のように一点集中で止まらせておくことの方が力が集中し、強く作用するのだということだろう。

「しかし、その法則が崩れた時、マノコを抑えている力が弱まる。このところマノコの力が強くなってきているのはそういうことだろう」

 良観は少し間を置いて

「・・・実はこの通玄は俺の弟で、コバトはその子供だ」

 通玄は黙って下を向いている。

「え、それじゃ、マノコの復活はこの人が原因ってこと?」

 亮介が聞いた。

「あぁ。確かにそう思われるな。しかし、古い文献にあたってみると一概にそうとは言い切れないものがある。ほぼ二百年周期でマノコは復活をしている。必ずその時に何らかの形でこの因習が破られていた。その原因を探ると、龍告寺の力だけでは完全にマノコを抑えておくことはできていないようなんだ」

 みんな押し黙って良観の声に集中している。

「マノコを封印した時点から、奴らは徐々に歯車を狂わせていく。その歯車が二百年かけて完全に外れきったときに龍告寺の因習が崩れる」

「じゃあ、…通玄さんが…コバトちゃん…を生んだのも」

 門田が聞いた。

「ある意味、運命づけられていたのかもしれんな」

「もしその話が本当だとしたら、二百年前のご先祖はマノコの封印に成功したことになる。ということは必ず今回もマノコを閉じ込められるはずですよね」

 西村が力強く言った。

「ああ。その鍵がこれだ」

 良観は手に持っていたちいさな水晶玉を見せた。

「そして、そのブレイドはマノコから身を守る」

 良観は亮介のブレイドを指差した。

「選ばれたものをブレイドを通じて除霊されたマノコ達が守りに来る。それだけではなく、このニつが意思を持って通じ合った時、マノコは封印される」

 亮介は手元のブレイドをみた。

「まぁ、二百年前の話だから俺たちもどう封印されるのか想像もつかないがな」

「でも、今回は少し違うんじゃ」

 亮介は疑問に思ったことを口に出した。

「今回はその龍告寺の因習で二つのイレギュラーを起こしています。一つはもちろん通玄さんとコバトちゃんのこと。でももう一つが、デカイ。龍告寺には代々男子が二人生まれるんですよね。でも、今は慶長さんと恵さんです。男子が一人足りない」

 西村がハッとしたように目を見開いた。

「本当だ。これまでこんなことはあったんですか?」

「いや、たぶんない。」

 良観はブッケンの二人の顔を見ながら

「…まぁ、俺はまだお前達にも負けないくらい現役バリバリの旺盛だし。この先どうなるかは分からんしな」

 とこれまで聞いたことないほどの大きな声で答えた後

「ガッハハハ」

 と豪快に笑った。


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