第2話 ボクのかんがえたさいきょうの刀

「よぉ兄ちゃん、あんたがウワサの日本人だな? よろしく通してくれよ」

「規定外です。お持ち帰りください」

「えっ! オイオイそりゃねぇんじゃねぇかな。同郷のよしみでよ、ちょーっと目ェつぶってくんねぇか。べつに悪いことすんじゃねぇんだから」

「ワインを樽で運ぶのはちょっと……」


 こういった一般品目の輸送も意外と厳しく制限されている。

 健全な経済活動を妨げるし、売りさばかれても困るしな。と解釈していたのだが、アルコール中毒で誰か死なせてしまいそう、という直接的な理由もありそうだ。


「っかー! 日本人はケツの穴がちいせぇ! ったくシラけちまうな」


 怒りながらも、酔っ払い特有の粘着を発揮することなく帰ってくれた。

 倉庫の鍵開きっぱなし事件から戻っても、仕事は文字通り列をなして待っている。

 淡々と根気強く対応するのが肝要だとは分かっているんだが、神様の匙加減はどうにも大雑把でいけない。そろそろ通す仕事がしたい。


「次の方!」

「はい、あの、こちらなんですけど……」


 腰までの長髪を揺らし、ガーブの袖を余らせた小柄な少年が台に置いた。

 刀だ。


「あのあの、ボクのかんがえたさいきょうの刀なんですけど、強すぎないかなって」


 提出してもらった依頼書をモニターに呼び出す。白が目立つな……。


「能力は?」

「銃弾を、斬れます……!」


 しょぼい。

 しかし、彼はキュッと口を引き結んで真剣そのものの表情で俺を見上げている。

 仁後さんのレーンで「どうこれ、敵を余さず斬り殺す剣! 距離も強さも関係なく、生きとし生けるすべてのものを斬り殺すわ」「それ世界滅びませんか」という不穏な会話が聞こえる。


「ほかには?」

「えっ?」


 ちょっと困ったように手を遊ばせて、ぎゅっと握った。


「あ、斬った弾で怪我しないように弾きます! これだいじでした」

「確かに大事ですね。それで、ほかは?」

「えっ?」


 うーん。


「問題ありません。送り先はどちらでしょうか。記載がないようなのですが」

「あの、ごめんなさい! じ、じつは……榴弾とかミサイルも、爆発しないように斬れます! 銃弾だけじゃなくて、砲弾とか矢とかもいけます!!」

「あ、はい。問題ありません」

「えっ!」


 え、とはなんだ。

 俺の視線から逃れるように身をよじらせて、彼はもじもじと顔を赤くする。


「お、送り先は、まだきまってないんです。ボクも、いつかチートを授けようと思ってて、れ、練習で……」

「それは結構なお心がけです。次回からは窓口にご相談ください。こちら、お持ち帰りいただいて構いませんよ」

「あ、いえ、ボクつかえないので、あげます」


 え? いらない。

 白に朱色の飾りがあしらわれた拵えを眺めて、ふと尋ねる。


「ちなみになんですけど」

「あ、はい! なんでしょっ!」

「これ、同時に何発まで斬れるんですか? 実戦だと、矢衾とか機関銃とか、一斉に襲われると思うんですけど」


 よく見ると意外にいい造りだった。能力関係ない刀として見れば業物だろう。鍛冶に関わる神様なんだろうか。

 彼を見ると、口を開けてぷるぷるしていた。


「ボクの……」

「え」

「ボクの、かんがえ……ひぐッ、さい……さいきょ……のぉ……うぅッ」

「ちょ、泣かないでくださ」


 脱兎。少年はものすごい速さで退場通路に消えてしまった。追い越されたワイン樽の神が驚いた声を上げている。

 俺はと言えば、刀を片手に呆然と手をかざしているだけだった。


「どういう状況だこれ……」


 ぽん、と肩に手を置かれる。振り返れば仁後さん。


「泣かせちゃダメっす」


 どうすればよかったのかと。

 途方に暮れる俺の前で、仁後さんがピッと指で従業員通路を示した。倉庫に通じる階段がある通路だ。


「で、呼び出しっすよ。倉庫が開いてた件みたいっす」


 -§-


 倉庫の前で、羽飾りをつけた鎧をまとう女性が腕を組んで立っていた。金糸のような髪に凛然とした蒼い瞳。絵画に描かれた戦乙女という佇まいだ。

 彼女は俺と仁後さんを見て口を開いた。


「来たか。タケちゃん、ニャンコ」

「ちゃん付けはやめてくださいヒルデガルドさん……」

「ニャンコもやめてほしいっす。猫系みんなそう呼ぶから誰だか分かりませんっす」


 ヒルデガルドさんは気にした様子もなく、倉庫の扉を親指で示す。


「先ほど、鍵が開いていたそうだな。もちろん、その後なんだからタケちーはしっかり鍵を閉めただろう?」

「タケちーもやめてください。当然閉めました」


 閉め忘れを注意したそのときに忘れたんじゃ間抜けが過ぎる。指差し声出し確認は仁後さんも聞いていた。

 ヒルデガルドさんはうなずいて、腰布から鍵を取り出す。


「鍵が開いていたそうだ」

「は!?」


 思わず叫んでしまった。

 間違いなく閉めたはずだ。自然に鍵が開いたとでもいうのか。

 ヒルデガルドさんは扉に手を掛けて力を込める。がん、と固定されて動かない。


「で、さっき確認したんだが、閉まっている。どうも鍵の故障ではないらしい」


 仁後さんと顔を見合わせる。

 どうやら俺たちのミスを疑ってのことではないようだ。

 解錠したヒルデガルドさんは俺たちを手招いた。

 両手剣にバルカン砲にティーセットに冷蔵庫。倉庫の中は相変わらず雑然としているが、それぞれ管理タグが貼られている。もし持ち出しでもしようものなら、たちどころに警報機が鳴る仕組みだ。

 台帳を見た限りでは、俺たちの次に入った同僚が最後のようだった。見ているそばからヒルデガルドさんの名が浮き上がっていく。


「じゃーん。過去視の宝珠」


 無表情で言うものだから不気味だ。

 取り出されたマーブル模様の球体にヒルデガルドさんはペンライトで光を当てる。宝珠を透かして照らされた光はゆらゆらと揺れて、白い光の幻影を映し出した。


「ニャンちゃんが来た時に、倉庫の鍵は開いてなかったんだよな」

「はいっす。いつも通りに開けたっすよ。ニャンちゃんもやめてほしいっす」


 白く浮き上がった幻影は仁後さんの輪郭を取って、鍵を開ける仕草をした。扉を開けて倉庫に入ってくる。

 おそらく、過去にあった仁後さんの動きが再現されているのだろう。明かりの範囲から消えた仁後さんゴーストは再び倉庫から出て、扉を閉めて、


「えっ!」


 鍵を閉めた!

 ペンライトを消すと白い幻も消える。ヒルデガルドさんは淡々と頷いた。


「ふむ。どうやらニャンニャンの不始末ではないようだな」

「ニャンニャンは即刻やめてほしいっす。でも、じゃあなんで……」


 仁後さんは口を手で覆って、ひげを盛んに揺らしながら尻尾を膨らませている。

 信じがたいが……答えは一つしかない。

 何者かが、開けたのだ。


「ヒルデガルドさん。この鍵って神の加護なんですか?」

「普通の鍵だよ。神の力で閉めると開けるとき大変だからな。神通力は管理だけに絞って、施錠は物理的に行っている」

「なるほど……鍵は通路のところの一本と、本部所管のマスターキーだけですよね」


 鍵は必要な時に管理ボックスから取り出すものだ。この管理ボックスも台帳と同じように利用が管理され、今はヒルデガルドさんが持っている。

 この鍵にも管理タグと同じような仕組みの認識証が貼られており、持ち出し記録はもちろん、使用するにも神の承認が必要になる。その手の加護は神話に出てくる神器でも多いから、きっとポピュラーな細工なのだろう。

 俺と仁後さんは配属時に承認済みだから問題ないが、部外者は盗んでも使えない。なんでも神雷が落ちてくるらしい。屋内でもお構いなしという。


「でも物理鍵なんっすよね……偽造されたとかっすか」

「かもしれん。だが台帳に記録は残っていないんだろう? 倉庫に入らず、鍵だけ開けて逃げていく愉快犯というのは妙な話だ」


 ヒルデガルドさんは無表情のまま、ペンライトを無造作に付けたり消したりする。過去視の宝珠で見慣れない人物が映り込まないか確認しているようだ。

 俺はもう一度台帳を確認する。記録は精確そのもので、俺が勤務を始めた当初から記録が連綿と続いている。記憶にある限り俺が入った機会すべて、時間も要件も正しく記載されていた。

 最新の、ヒルデガルドさんの名前までたどり着く。

 はっと息を呑んだ。


「もしかしてこの台帳、」


 振り返った俺は、見た。

 倉庫の奥。

 冷蔵庫の影から飛び出した、油ぎった髪からフケを散らす薄汚い男を。

 目をぎらつかせた男は装飾過多な黄金銃をヒルデガルドさんに向けて、

 引き金を絞った。

 閃光マズルフラッシュ

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