異世界ボーダーセキュリティ

留戸信弘

第1話 神様だって追い返す

 神様ってやつは総じて娯楽が好きで、暇で気ままでいい加減だ。


 たまに仏みたいな神様もいるが、そういうのは本当に仏だったりして、今わの際か末法まで助けてくれなかったりする。神様なんて勝手なものだ。

 不幸中の幸いなのは、真っ当な人生で彼らを感じるのはだいたいが気のせいで、まず関わらずに済むことだろう。


 しかし、そんな神様たちと直接的に関わる人生を送るやつもいる。

 いわゆる、異世界転生してチートを授かる連中だ。

 神様連中も意外とあの爽快感にハマっていて、チャンスを見つければ自分もその娯楽に関わりたいと積極的に庇護を与えている。

 そして、その神々は結構な確率で言うだろう。


「いろいろ制約があって、力の全てを授けることはできない」、と。


 俺たちのことだ。


 異世界間の税関だと思ってくれれば、ほぼ間違いない。

 俺はその日本出身職員として、日々神々の相手をしているわけだ。


 -§-


「持ち込めないだぁ?」


 イケイケなビジュアルバンドみたいな赤毛の女性が、カウンターの向こうでドスの効いた声を荒らげる。


「ふざけるな。あたしの下僕が今も戦ってんだぞ? 関係ないやつはすっこんでろ」


 くすみ一つない白い壁の広間に、いくつかカウンターと腰ほどの高さの物置台、そしてスタンドに載せられたモニターで構成されるレーンがある。

 物置台に奇跡的なバランスで載せられている白い円筒、というか柱を挟んで、女性との問答を繰り返す。


「ですから」


 俺は両の掌を向けて敵意がないことを示しつつ、落ち着いて白い筒……ミサイルを指差した。


「ご希望されております世界は、文明の影響を吸収する能力に長けておりますので、その世界に存在しない技術で作られたミサイルは持ち込めないんです。弓や剣などの伝統的な武器にしてください」

「伝統的な武器! 嘘こくなよテメェ、忘れてねーぞ。前にナイフも駄目って文句つけてきたじゃねーか!」


 じゃきんッとナイフの刃を出して見せてくる。

 露骨な恫喝に頬を引きつらせながら、声を震えさせないよう呼吸を抑えた。この仕事、舐められたら終わりだ。動揺を見せてはいけない。


「こちらの飛び出しナイフ、規定以上の神気が込められております。許諾明細は資料の準備がありますのでご参照の上……」

「あんな冊子、いちいち見ながら武器が作れるかッ! まどろっこしい!」

「まぁ無理そうな顔してますよね」

「あァン!?」


 失言した。


「コホン。とにかく、こちらの異世界は制限がレベル3に認定されております。規定内の武器であれば持ち込み可能ですので、別のものをご用意ください」

「だーかーら! いちいち作り直すほど安全な状況じゃねーんだって! バカなのかお前は!」


 気炎を吐く女神だが、彼女の焦燥は本物だ。下僕と呼んだ被転生者は、神のテコ入れが必要なほどの窮地に陥っているらしい。

 しかし命を預かるのはこちらも同じ。被転生者によって影響される生命すべてを保護するための制限なのだ。

 世界とは連環、そしてバランスによって成り立っている。好みで天秤を傾けることはできない。


「というか、そもそもですよ」


 モニターに映される異世界の光景を指さす。

 中世風世界でありながら転送や通信に秀でており、些細な発見や改革が広く波及する文明だ。

 転生者の存在もこの技術で瞬く間に世界中へと知れ渡った。


「刺激に敏感な文明世界にいきなり並外れた戦闘力を持つ人間を投げ込んで、転生者陣営と在来陣営との世界大戦が起きかかっているのは、自業自得ですよね」


 この女神を通じて被転生者本人に再三の自粛を呼びかけての結果だ。在来の人々を守るため、こちらとしては厳しい態度を取らざるを得ない。

 むぐと唸った女神は顔を歪ませる。


「そもそもテメェ、ただの人間だろうが。なんの権利があってこのあたしの邪魔をするんだ? 強行突破してもいいんだぜ」


 出たよ、と呆れる。

 自分は神だぞと怒るなら、こちらも俺を任命した神を持ち出すだけのこと。

 だいたい必要があるから彼女が俺の前までやってきたのであって、俺が立ちはだかったわけではない。この手続きが取るに足らない余事ならば、俺がこの場に立つことはなかっただろう。


「お前みたいな、魔術も膂力もない一般人がなぁー」

「ブフッ! くっ、プッすす、くく……」

「……あァン?」


 女神様の眼光が俺から外れた。

 隣のレーンで暇そうにしていた猫顔の女性職員が肩を震わせている。


! タケオくんが? タケオくんが一般人?? くふっ、ぶっふっくく……」


 声の間に挟まったが目に見えるようだ。笑いすぎだろ。


「はいはい。ご納得いただけたようで何よりです。次は許諾規定を満たす武器をお持ちください。さあ帰った、帰った」

「だぁもう、分かったよ。覚えてろ!」


 うがーと吠えて女神は憤然とミサイルを肩に抱える。意外とマッシブな人だ。

 しかし、俺は彼女に言わねばならないことがある。


「すみません、女神様」

「今度はなんだ!」

「言いにくいのですが……一度外世界に持ち出された兵器は、持ち帰りにも規定に適合する必要があります」

「つまり?」

「そのミサイルを、帰りのゲートに通す許可が降りませんでした。廃棄の手続きはこちらで致しますので、そのままでお帰りください」

「追い剥ぎかテメー!?」


 これはまったく悪法だと思う。常々申し立てているのだが聞き入れてもらえない。

 女神様は悪態混じりに、物置台にミサイルを放り捨てた。奇跡的なバランスで台に乗る。奇跡の無駄遣い……。


「ムカつくが、どうせ下僕のところに送れないなら同じことだ。くれてやるよ。次は通してもらうからな?」

「許諾規定に当てはまっていればいつでも。またお越しください」


 女神様は背中に怒りをたたえながら、帰りの通路に去っていった。

 ほうと息をつく。

 断る仕事は何度経験してもしんどいものだ。無事に済んで本当に良かった。

 ピョコン、と隣のレーンから猫顔の少女……いわゆる獣人が顔を出す。胸元にリボンを留めた制服姿の彼女は、くりくりと瞳の大きい目を回してヒゲを揺らした。


「今度はゴネられなくてよかったっすねぇ」


 深ぁーく頷く。


「全くだ。暴れられたら目も当てられない」


 なにせ相手は正真正銘、力ある神様だ。

 普通の受付仕事とは違って、こっちにも権力のバックがあることを示して無遠慮に行ったほうがいいと分かってからはだいぶマシになった。


「神様の場合、結局のところ力と力の比べ合いみたいなところあるっすからねー」


 意外と原始的な連中だ。

 というか、原始時代から存在が変わってないやつも少なくない。案外本当に原始文明なのでは?


「さて、悪いんだけど仁後さん。ミサイル運ぶの手伝ってもらえないかな」

「ああはい、いいっすよ。一般人(笑)かっこわらいのタケオくんには荷が重いっすもんね」


 ヒゲを揺らして笑った仁後さんは柱みたいなミサイルを片手で持ち上げた。神の世界ではしばしば物理法則が仕事しない。

 スタッフオンリーの通路に逸れて、仁後さんに続いて階段を下りていく。


「そうからかうけどな、俺は本当にただの人間なんだぞ。魔力も魔法もなければ、化物じみた怪力もない」

「あー、その言い方はダメっすね。面白くない。滑ってるっすよタケオくん」

「ボケてねぇよ」


 にゃははと笑う仁後さん。真面目に取り合うつもりはないらしい。

 階下は窓のない通路だ。ミサイルを担ぐ仁後さんを追い越して、通路の先にある倉庫に向かう。スライド式の巨大なゲートが物々しい。

 だが、倉庫の中身はミサイル同様、所有権を放棄させた発禁ものの神器ばかりだ。正直この程度の鉄扉でいいのかと不安になる。


「そろそろ倉庫も整理しないといけないっすねー。こんなデカいもん、置く場所あったっすかね?」

「確かこないだのクレイモアが片付いたから、そこに……ん?」


 鍵を抜いて、ゲートに手を掛ける。

 油圧と車輪のゲートは全身で力を込めるとゆっくりと動いた。

 まだ解錠していないのに、だ。


「……鍵が開いてる」


 仁後さんを振り返ると、猫の顔を驚きに染めて耳をピンと立てている。


「え。それヤバくないすか。誰っすか前に来たの」


 扉の内側に下げられている台帳を見る。名前だけでなく、運び込んだ物品、時刻までも神様パワーで勝手に記録してくれるマジックアイテムだ。普通に電子錠でもいい気がする。

 空欄のすぐ上に残っている名前は、


「仁後さんだな」

「うちっすか――!?」


 あっちゃー! と狭い額に手を当てる。

 ミサイル持ってるときにオーバーリアクションするのは、弾頭がぐおんぐおんシーソーみたいに揺れるから止めてほしい。こっちの心臓がリアクション芸してしまう。


「閉め忘れたんすかねー? いやん、もう始末書はお腹いっぱいっすよ」

「そんな軽いノリで済ませられる場所じゃない……ここ危険物のテーマパークだぞ」

「知ってるっすよぅ。うち未だにここだけは慣れないっすから。来るたびにビクビクして内股になるっす」


 倉庫に入ってくる仁後さんのミニスカートは確かに尻尾で膨れていた。股の間に尻尾を収めているらしい。

 すすっと猫の片手がスカートを押さえた。

 器用に口を尖らせて、横目に俺をにらんでいる。ひげがピクピクと震えた。


「ひとのスカートあんま見ないでほしいんっすけど」

「すまないね。体毛種はひとに見えないんだ」

「……この地球人め」


 仁後さんは肩を怒らせて、丁寧にミサイルを倉庫に収める。

 もちろん俺は鍵をきっちりと閉めて、指差し声だし確認をして、倉庫を後にした。

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