第53話


   宇宙の裏側


 僕が人間として生まれ育ったあの星は、もうどこにもない。けれど僕は、生きている。妻も子供たちも生きている。人間としての身体は失った。あの星の消滅とともにね。けれど僕たちは、神様の暮らすこの地で生きている。そうだよ。僕も妻も、優人も優香も、神様として、この地で生きているんだ。あの星で離れ離れに暮らしていた兄弟たちも一緒にね。

 僕はここに来てすぐ、一つの疑問を感じた。人間としての僕は死んでいる。死んで魂だけになり、神様になった。だったら一度死んだ妻を蘇らせる必要はなかったと思ったんだ。死んだ天使のミカもエルも、ここでは生き返ることも簡単ではないかと思ったんだ。

 けれどそれは、ミカとエルについては間違いだった。ここの神様に聞いたんだけど、死んだ魂を蘇らせることはしてはならないことだというんだ。僕や僕の兄弟たちがこの世界に戻っているのは、人間としての肉体を失っただけであり、死んだのではない。死んだ魂は、神様である父が全て処分をしていた。魂は全てが共通なんだ。天使の魂であっても神の魂であっても、見た目に違いはない。父が見た目だけで選別することは不可能だ。全て一様に処分される。だからもう、ミカともエルとも会えないんだ。寂しい現実だけれど、どうすることもできない現実でもある。

 僕たちは、そのために最後まで生かされていた。父はあの星を破壊するとき、人間としての身体だけを失うように僕たちの魂を保護していたんだ。

 それはいつもやっていることなのだそうだ。僕が以前に人間としての命を全うしたときも、死ぬ直前に父が細工をしている。父が常に、僕たち兄弟を見守っていたという証拠でもある。父は、僕たちを無償に愛している。

 父から真実は聞いていないが、妻はきっと、一度死んでしまう前に、すでにその魂が守られていたんだ。だから父は少しも慌てていなかった。そして、そう考えると、妻が幽霊にならなかった理由にも納得がいくんだ。宇宙人の気持ちは嬉しく思うが、危険を冒さなくても妻とはこうして一緒に暮らせたのかもと考えると、やるせない気持ちで一杯になる。だから父は、真実を教えてくれないのだろう。

 この世界には数えきれないほどの神様が暮らしている。人間の数よりも、遥かに多い。はっきりとした数は、誰にもわからない。神様も、日々生まれ、日々消えていくから。

 それは宇宙に浮かぶ無数の星も同じだ。日々生まれ、日々消滅をしている。自然に生まれ消滅する星もある。けれどそうでない星もあるんだ。

 あの星はそうだった。僕の父である神様が消滅させてしまったんだ。けれど神様が生み出した星ではない。神様といえども、星を生み出すのは難しいようだ。今までにも数個しかそのような星はないという。この世界全体での話だよ。

 神様の世界は、宇宙の裏側に位置している。宇宙と同じに果てしのない世界が拡がっているんだ。宇宙と違うのは、神様の世界は真っ白に染まっているということ。そして浮かぶ星も、銀河もないということだね。

 ここには神様以外の色々な生き物も生きている。全てが真っ白ではあるけれど、植物も生きている。不思議な空間なんだ。まるで雲の中にいるような、そんな雰囲気を持っている。

 この世界の神様は、僕の父のように宇宙に浮かぶ星を自分のものとして所有している。その中で父が人間を育てたように、それぞれの神様が、それぞれの生命を育てている。中には生き物の育たない星もある。微生物しか生きられない星もある。人間のような生命が育つ星は少ないようだよ。けれど確実に、そんな生命体が存在してもいる。父が人間を創り出したように、他の神もまた似たような生命を創り出している。それを生命体が存在出来る星に放ち、育てているんだ。父があの星でそうしたようにね。

 あの星は自然に生まれ、自然に生命体を育んだ星だったんだ。そこに父がやってきて、あのようにしてしまった。父は人間が悪いといっている。けれど本当に悪いのは、神様である父なんだと、僕は思っている。

 妻の命を救ってくれたあの宇宙人の正体もわかったよ。あの宇宙人は、別の神様が創り出し、遠く離れた別の星に放った生命体だったんだ。父の話では、他の宇宙人があの星に姿を現したこともあるそうだよ。

 神様が自分の姿を基に人間を創ったというのは正しい考え方だったんだ。あの宇宙人を創った神様は、宇宙人によく似た姿をしている。この世界の神様は、色々な姿をしているってことだよ。父のような姿だったり、宇宙人のようであったり、あの星の動物たちのような姿をしている神様もいる。悪魔のような姿の神様もいるんだ。他には僕が見たこともなく想像すら出来ないような姿の神様もいた。生き物としての姿をとどめていない神様もいるんだ。それは、液体であったり、気体であったりと、様々なんだよ。

 この世界には、果てがない。少なくとも、今はまだ発見されていない。それは宇宙と同じだよ。この世界と宇宙は繋がっているんだから。

 僕はこの世界で、死ぬまで生きるつもりでいる。この世界では、死が、とても遠いんだ。一度生まれた命は、なかなか死なない。少なくとも一つの星がなくなるくらいの時間は生きていられるんだよ。いうならば、この世界の神様という存在は、宇宙での星と同じような存在なんだ。星が一つ死んだ時、神様が一人死んだと考えても構わない。まぁ、常に例外は存在するんだけどね。

 僕の父は、今でも元気で健在だよ。新しい星の準備もしているようだからね。また人間を育てるとかいっているよ。今度こそは、人間が暴走した社会を作らないようにと願っているよ。

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