第51話
リアルなヒーロー
外に出ると宇宙人が空を見上げていた。ドンッ! と大きな音が響き、一筋の光が、真っ直ぐに落ちてくる。そして宇宙人の額に穴を開けている。宇宙人は悲鳴をあげない。僕に顔を向け、笑顔を見せている。頬を緩めた、暖かい笑顔だ。
宇宙人は死んでしまい、宇宙人の母も死んでしまった。これで宇宙人は、本当に全滅のようだ。僕の耳に、ありがとうの声が聞こえている気がする。心の中に響く声ではなく、直接耳に届いてくる声が聞こえているかのようだ。
「ヒーローって、宇宙人のことだったんだ。可哀想だね。せっかくママを助けてくれたのに」
優香がすすり泣きながら宇宙人の姿を眺めている。
「本当だね。顔を赤くするとこれにそっくりだよ。ちょっと小さいけど」
優人は握っているヒーローの人形と宇宙人の顔を見比べている。
「そうなんだ。彼は本物のヒーローなんだ」
僕も本気でそう思っている。宇宙人の身体の色がほんのりと青く染まっている。
僕のお尻から、妻がなにかを抜き去った。それは、ズボンの尻ポケットに入っていたミカに貰った袋だったようだ。いつ入れたのか? 覚えていないけれど、僕はなんでも尻ポケットに突っ込む癖がある。そのお陰でよく子供たちのおもちゃを壊してしまうんだ。そこに入っていることを忘れて椅子に座ってぺっちゃんこ。よくあることで、直さなくちゃならない癖だと今も思っているよ。
取り出した袋を、妻はそっと宇宙人の顔に被せている。なにをしているだい?と聞くと、死に顔を曝すのは可哀想だから・・・・なんて答えてくる。
宇宙人の血が、袋を染める。どういうわけか、袋は真っ赤に染まっていく。化学反応? 宇宙人の血は赤くない。袋の成分に反応したのだろう。真っ赤になったその袋は、ピタッと宇宙人の顔に張りついた。子供たちが手に持つヒーローの姿そのものにしか見えない。身体の色具合までもがそっくりに変色している。子供たちがじっとそんな宇宙人を見つめている。喜び? 驚き? 言葉にならない感情で頭が一杯のようだ。
「彼は本物のヒーローだよ」
子供たちに向かってもう一度そういった。二人は僕の言葉にうなずいてはいるけれど、宇宙人を見つめたままその視線を逸らさないでいる。妻もまた同じような表情をしている。子供たちの隣に立って。
そんな三人を眺めている僕には、今、とんでもない感情が芽生えている。それを抑えることが出来そうにもないんだ。
「どうしてこんなことを!」
僕は宇宙人の側に腰を落とし、倒れている宇宙人を抱きかかえている。宇宙人は予想以上に軽い。
「あなたはなにを考えているんだ! どうしてこんなに簡単に殺してしまう!」
僕は立ち上がり、空に向かって叫んでいる。神様に対して、怒りを覚えている。
「ふざけている! あなたのやり方はふざけている」
「そんなことをいうではない。仕方がないのじゃよ。わからぬのか? わしはお前を守ったのじゃよ。あやつらは危険じゃからのう!」
神様は姿を見せず、声だけが聞こえてくる。そんな態度にも、僕の怒りは増していく。
「あなたは間違っている! 彼は僕の妻を救ってくれた! あなたが見捨てた僕の妻を! 彼らがいう通りだ! あなたは、愚か者だ!」
「なんという言葉を! わからぬのか? それこそが危険なのじゃ! あやつらは神でもないのに魂を操ることが出来るのじゃ! 死んだ人間を蘇らせることは、決してやってはならぬ危険な行為なのじゃ!」
「そんなことどうでもいい! あなたにはわからないのか! 妻を失ったときの僕の哀しみが! そして生き返ったときの喜びが! あなたがなにをいおうとも、僕はあなたを許さない! 何度もいうさ。あなたは愚か者だ!」
僕の言葉のすぐ後に、空に突然の黒雲が現れている。突然に、物凄いスピードで。そして辺りが急激に薄暗くなった。
「お待ち下さい!」
僕の目の前にエルが飛び出してきた。エルは僕に翼を向けていて、両手を広げてなにかから僕を守ろうとしている。
と、正面から赤い光が見える。真っ直ぐこっちに向かっている。
グッワッ! とエルが声を漏らしている。必死になにかを堪えているようだ。エルの身体が、後ろに傾いていく。僕は宇宙人を地面に下ろし、エルが倒れないように肩を押さえる。そしてそこから正面の様子をのぞき見る。
赤い光が、エルの胸に突き刺さっている。エルの顔色が、黄色くなっている。死んでいるということは、一目でわかる。エルは死に際の言葉を残さず、死んでしまった。その赤い光によって。そしてその光が、真っ白な翼を染めている。翼が赤に輝いている。
エルの身体が浮き上がる。僕は必死に肩を押さえて抵抗する。けれど僕には無理なようだ。僕の身体まで一緒に浮き上がろうとしている。
「無理をしなくてもいいのです。あなたは正しいと思います。神様はきっと、少し疲れているのです。最後に天使らしいことが出来て、幸せです」
その声は、僕の心にだけ響いているようだ。振り返って見る妻と子供たちの表情がそれを物語っている。三人は天使が浮き上がっていく現実に、口を開けてポカンとしている。僕を助けることも忘れているよ。
僕は天使の言葉に逆らい、必死に抵抗をした。けれど僕の握力はすぐに限界を迎え、数十センチ浮いたところで地上に落ちてしまった。
「変な船が見えるよ」
優人の声が聞こえる。優人は真っ直ぐに僕の背後を指さしている。そこにはいつ現れたのか神様の船が見えている。宙に浮いているエルの胸に突き刺さっている赤い光はその船から発せられていた。
「あれは・・・・」
あれが神様の船だとは、子供たちにはいいたくない。
「パパにも、わからないな」
エルはさらに空高く、宇宙にまで浮かび上がっていく。僕にはもう、その姿が確認出来ない。赤い光だけが宇宙を超え、月に向かっているように見えるだけだ。
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