第50話
甦り
「その行動は間違いの始まりですよ。神様がお怒りです」
その声に僕たち四人は足を止め、同時に振り返っている。そこには天使が立っていた。足音一つ立てずに、いつの間にか降り立っていたようだ。
「君は・・・・ エルだね」
天使の顔も宇宙人と同じように、みんながそっくりな顔をしている。けれどそこには個性が浮かんでいる。覚えてしまえば間違えることはないそっくりな顔。
「その宇宙人をこっちによこしなさい。抵抗をすると、大変なことになりますよ」
「私を捕まえてどうする? あなたたちはやはり愚か者だ。私がなんのためにこの家に向かっているのか、わからないのか? 神の過ちを正すためだ」
宇宙人は僕より先に家の中に入っていく。僕は少し、戸惑っている。その言葉の意味を考えているんだ。
天使のエルもまた、戸惑っているようだ。僕とエルは、玄関前に立ち尽くしている。けれど子供たちは、いそいそと宇宙人の後をついていく。
「ヒーローは強かった? 今どこにいるのか知ってる?」
「その言葉の意味は、わからない」
「なにいってるんだよ。ヒーローにやられたくせに!」
優人は大きな声を出しながら、宇宙人の背中を蹴っている。優香も一緒にニタニタしながら蹴りを入れている。そして二人は手に持っているヒーローの人形を使って宇宙人にちょっかいを始めている。
「ちょっとやめなさい。これからあなたたちの希望を蘇らせる」
宇宙人は居間のあった場所にしゃがみ込んでいる。そこは僕と子供たちが寝ていた場所だよ。
「なにをするんだい? 君がそこにいるのは、僕としては少し複雑だ」
「わかっている。それを理解しているからこそ、ここに来たのだ。私は運よく助かったわけではない。その意味がわかるか?」
僕にはまるで意味がわからない。けれどそんなこと、どうでもいいと思っている。
「そんなことをいわずに聞いてほしい。私は君に助けられたのですよ。覚えていないのか? あのときだ。神の軍団との戦いの最中、あなたは茫然とその戦いを眺めていた。けれどそのとき、君はたった一度の行動を起こしてもいた。それは、彼のことを心配し、思い出してくれたことだ。その優しい気持ちが私を救ったのだ。その気持ちを感じた私は、せめて一人だけでも生き残り、お礼をしたいと必死だった」
宇宙人は一気に言葉を続ける。僕はその勢いに押されている。
「そして私はその願い通り助かった」
それは運がよかっただけだと、僕は思う。
宇宙人は僕に寂しそうな視線を送っている。
「それで今、なにをするつもりなのですか?」
エルの声に驚いているのは僕だけのようだ。宇宙人にはエルの声が聞こえていないかのようだ。子供たちにも聞こえていないようだ。全く振り返る素振りを見せない。僕だけがエルに顔を向けている。エルの瞳が、濡れている。
「やめるんだ!」
僕はまた大きな声を出している。今度は本気で怒っている。宇宙人は、僕の妻に手を触れている。覆いかぶさっている瓦礫を全てどけ、頭に黒く固まった血の跡をつけていた妻の遺体にその手を二つ、胸の辺りと額に乗せている。
「大丈夫。心配をしなくてもいい。私を信用すれば、いい結果が待っている」
僕は何故なのかそんな言葉に従っている。妻のその顔を見ていると、怒鳴り散らす気がなくなってくる。自然と心が穏やかになるんだ。こんな状況だというのに。
そして妻の顔も、僅かだけれど穏やかになっているように感じられる。
「ねぇママ、死んじゃったってウソでしょ? だって、こんなに綺麗な顔してるよ」
優香の言葉に、僕の心が震える。頬の裏から涙が込み上げてくるのを感じている。僕は崩れている天井を見上げ、涙を堪えている。
「ありがとう、優香」
この声には当然覚えがある。忘れるわけのない、大好きな声。
「ほら! やっぱり生きてるよ!」
「ママだ! ママが生きてるよ!」
二人の声が本気で喜んでいる。信じられない現実だけど、僕は確信をしている。だってそうだろ? 信じられないことばかりでこの世界は成り立っているんだから。
「帰ってきたんだね。お帰り」
涙の零れる笑顔を浮かべ、僕が視線を落とすと、横になっている妻が笑顔を見せてくれる。僕は両手を差し出し、妻を起き上がらせる。そして強く、抱き締める。
「本当によかった。君がいない世界は、寂しすぎる」
「あなた一人だと心配だから・・・・ これからはずっと、家族四人、一緒だよ」
妻の顔をのぞきこむと、涙でクチャクチャになっていた。僕はその顔を、胸に埋めたいと思い、そうしている。
「ずっと四人で・・・・ そうだね、ずっと楽しく暮らしていけたらいいね」
僕は本気でそう願っている。けれど、これから先がどうなるのか、まるで読めないのが現実だ。四人での幸せな暮らし、それがこの先待っていることなのか、正直不安で一杯だよ。
「あなたなら大丈夫。ありがとう。あなたの優しさに、感謝をしている」
宇宙人の声が、少し小さく聞こえている。そしてそこにいたはずの宇宙人が、いないことに気がついた。家の中を見回しても、どこにもいない。僕は走って家の外に向かっていく。右手では優人の手を掴んでいる。左手では香の手を掴んでいて妻は優香を掴んでいる。ただでさえ狭い家の中なのに、今では崩れた瓦礫で一杯だ。走るといっても全速では無理だよ。四人が手を繋ぎ合っているのなら尚更無理だ。僕たち四人は、横に並ぶのではなく、縦に並んでいる。先頭は、優人が握っているヒーロー。一番後ろは、優香が握っているヒーローだよ。
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