第48話


   残骸


「ねぇパパ、起きてよ! 外に大きな円盤が落ちているよ! 変な怪獣もたくさんいたよ! ヒーローがやっつけてくれたんだね!」

 僕はいつの間にか眠っていたようだ。どうやら無事に朝を迎えたようではある。窓の外からは太陽の光が照らされている。子供たちは僕よりも早く起きて、外に出てしまっていたようだ。

「優香は今どこにいる? 一人になっちゃダメだ! 外にはなにがあるかわからないんだ!」

 僕は思わず子供に対して本気で怒鳴ってしまった。優人は目に涙を浮かべて、口をへの字に曲げている。

「ごめんよ、優人。パパは二人のことが心配なんだよ。外は危険だから、パパと一緒じゃないとダメなんだよ。それに優人はお兄ちゃんなんだ。優香を一人しちゃいけないんだ。パパが優人を守るから、優人は優香を守らなくちゃならない。わかるだろ?」

 優人はへの字の口を真っ直ぐにキッと力を入れている。泣くのを我慢しようとしているようだ。そして何度も頭をうなずかせている。

「もういいんだよ。パパも急に怒鳴ったりして本当にごめんよ」

 僕は優人を強く抱き締めた。優人はやはり、僕の愛しい息子だ。

 僕は優人と手をつなぎ、外に出た。哀しい現実だけれど、僕も優人も、妻のことを口にはしない。すぐ目の前で死んでいるのに、まるで見えていないかのように通り過ぎて行く。初めは幽霊として起き上がるのを期待していたけれど、いつになっても現れない。その方がよかったのかもしれない。幽霊になった妻を見るのは、やはり辛い。本当に死んでしまったことを認めざるをえなくもなる。僕は今でも、妻が目を覚ますことを期待している。

「ここも同じだったのか・・・・」

 僕はこの光景に驚いている。一度は目にしている光景だけれど、そのあまりにもな凄さに驚いている。崩壊している宇宙船がいくつも散らばっている。宇宙人の死骸も、そこにある。

 そしてもう一つ、驚いている。僕は昨日、真っ暗闇の中を歩いていたけれど、ここにはなにもない荒野が広がっていると思っていた。ここだけじゃない。神様と宇宙人とのあの戦いの場所も、そこにある全てが吹き飛ばされていたはずだった。それに、神様と宇宙人の戦争が、正確には天使と宇宙人の戦争だけれど、ここにまで被害を与えているとは考えてもいなかった。だからこそなのか? ここにはその被害だけが残り、全ての残骸が吹き飛ばされずに残っていたんだ。あれほどに多くの宇宙船が空に舞っていた。宇宙人の数も半端ではない。空を見上げていた僕にはその場だけの戦争だったけれど、実際には広い範囲での戦争だったということだ。僕は確かに昨日、なにもないまっさらなこの大地を目にしていた。それがどうして? その疑問に答えはないよ。目を凝らせば見ないものが見えてくることがあるように、見えているものが見えなくなることもあるってことだろ? そんな風にしかこの景色を納得することは出来ないんだ。

「この怪獣、小さいよ。本当に強いのかな?」

 家の近くにも宇宙船の残骸が転がっている。大きな円盤が幾つかに分裂した片割れのようだ。その陰になにかの物陰が動いている。そこに優香がいるようだ。

「どうしてそう思うんだい?」

 僕はその怪獣も優香も見ないままに声をかける。

「だって、街がこんなになってるんだよ。強くないとこんなこと出来ないよ。誰もいなくなってるし、ヒーローもいないんだよ。この怪獣にやっつけられちゃったってことはないよね?」

 優香の声だけが聞こえてくる。元気そうなその声に、ホッとしている。

「きっとみんな疲れちゃたんだよ。ヒーローもどこかで休んでるんだよ」

 僕は見えない優香に話しかけながら、優人と一緒に円盤の陰に足を進めていく。

「やめなさい! 危険じゃないか!」

 優香が宇宙人の死体に手を触れている。子供たちのいう変な怪獣の正体は宇宙人だったんだ。それにしても何故そんなことが出来るのか、僕には不思議でたまらない。気持ちが悪くて、側にいるのも嫌なほどだ。けれど子供は、ときにそういうことを平気な顔でしてしまう。僕も子供の頃はそうだった。今では触ることはおろか、近づくことさえもできないナメクジを平気な顔をして素手で触っていたのものだよ。

「大丈夫だよ。だって、ヒーローがやっつけてくれたんだもん。もう死んじゃってるよ」

「こいつらが地震を起こしたのかな?」

 優人もその場でしゃがみ、宇宙人を素手で触っている。僕は少しの不安を感じる。この宇宙人の姿になにか大きな違和感を覚えているんだ。

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