第46話
最後の晩餐
「いい匂いがするね。みんな無事でなによりだよ。もう君にも会えないかと思っていたんだ」
台所に向かい、料理をしている妻を背後から抱き締めた。妻は鍋の中のカレーを味見していた。
「美味しいカレーが出来たわよ」
そのままの恰好で、僕も味見をした。
「うん・・・・ 本当に美味しい。けれどここは不思議だよ。君はなにも知らないのかい? 今朝の地震、外がどうなっているのか、気にならないのかい?」
「・・・・テレビは壊れちゃったみたいなの。外に出るのは・・・・ 恐いからあなたが帰ってくるのを待っていたのよ。それにね・・・・」
僕は笑顔を浮かべて妻の顔をのぞき込んだ。妻も笑顔を作っていたけれど、その目が震えていた。
「天使が家に来たのよ。色々と教えてくれたけど、これからどうなるのかな? あの天使が本物なのはわかったけど、不安で一杯だよ」
僕は妻を振り向かせ、キスをした。妻の笑顔が種類を変える。恥ずかしそうに僕を優しく押し退けた。
色々な物が崩れている居間にテーブルを置き、家族での夕食が始まった。子供たちはヒーローの話をしていた。テレビが見たいともいっていた。妻は出会った天使についての話をしてくれた。その天使が誰なのか、想像するのは簡単だった。名前は知らなかったけれど、妻の話によるとエルという名前だそうだ。僕が少しだけ話をした、あの男性の天使だと思われる。
そんな話をしていたとき、この家がまた、揺れた。激しい揺れだった。子供たちは大きな声で泣いていた。僕は二人を抱きかかえ、万が一に備えた。家が崩れたり、なにかが落ちてきて怪我をするかもしれない。僕は迷わず子供たちを守ろうとした。
それが間違っていたとは思えない。けれど、よくよく考えてみれば、妻を助けるべきだったのかもしれない。その理由は簡単だ。子供たちは僕と血がつながっているから。神様が守ってくれるはずだから。僕自身についてもそうだ。
けれどまさか、神様がそんな風に考えているとは思いもしなかった。真実を確かめたわけではないけれど、血のつながらない妻は、神様にとっては家族ではないということだ。その証拠というべきなのか、僕の家族である父と母、その他の親戚も生きてはいない。この近くに住んでいたけれど、それらしい家はもう、姿をなくしている。
それにもし、神様が子供たちを守ってくれるかもしれないとわかっていても、僕は子供たちを優先していたと思う。助けずに見殺しにするなんて、万が一の可能性を考えればとても出来ない。妻なら、自らの力で自らの身を守れるはずと信じてもいた。
けれど結果は、違っていた。妻は今、僕の目の前で死んでいる。激しい揺れが起こり、二階の床が崩れ落ちてきたんだ。妻は二階からの瓦礫に押し潰され、即死だった。悲鳴を上げる暇もなく、息を止めてしまった。
僕と子供たちはきっと、神様に守られていたから生きているんだ。それは間違いないと思われる。僕の周りにだけ、崩れ落ちた瓦礫が少ない。
けれど神様は、この地震をわざと起こしたのではないとも思っている。それは、僕の身体にも傷がついているからだ。少ないとはいえ、僕の頭上にも瓦礫は落ちてきた。きっと神様は気がつくのが遅れ、助けが雑になったんだよ。神様だって、判断の遅れをするし、失敗だってする。完璧な存在なんてどこにもいない。完璧っていうのは、ただの言葉であり、定義なんだよ。それを完璧って誰かが決めただけのことで、それを完璧だと思わない人もいる。本当の完璧なんてどこにもないんだ。生き物だけでなく、どんな存在に対してもいえる言葉なんだよ。
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