第44話
傷跡
「しっかりくっついていて下さいね。まだ危険は残っているようですから」
真っ暗な中、目の前に赤く光る点のようなものがいくつも見えていた。
「危険な匂いがしますね」
ミカがそういったとたんに、獣の唸る声が聞こえてきた。そしてその赤い光が近づいてくる。バタバタと、足音も聞こえていた。
スッとなにかが横切った。ドンッ! ドンッ! と物音が聞こえてきた。弱々しい獣の悲鳴も聞こえたよ。すると、バタバタと足音が遠のいていく。赤い光も薄ぼけていった。ストンッ! ストンッ! となにかが突き刺さる音がした。それに合わせて大きな悲鳴も聞こえた。僕の頬に、傷が増える。
ミカはその赤い光に近づいていった。近づいても姿は見えない。けれどミカは、その見えないなにかを踏み潰していた。
「これで安全のようですね」
「しかし大きな犠牲を払いました。多くの仲間が死んでいるのが、見えないのですか?」
「全く見えませんね」
ミカはそういい、足を速めた。僕の家へと近づこうとしていた。どうしてだろうか? なにも見えなくてもミカには僕の家がどこにあるのかだけはわかっていた。その不思議が何故なのか、今の僕には理解が出来るんだ。僕の家には、神様の匂いがついていたんじゃないかな? ミカはその匂いを辿っていたんだよ。きっとね。
「さぁ、なんとか無事に辿り着いたようです」
数十分の沈黙の中歩き続け、ようやく口を開いたミカがそういったけれど、僕にはなにも見えなかった。それに僕は思ったんだ。どこが無事なのかということにね。ミカの頬にも傷があり、僕の頬は傷だらけだったんだよ。
「どうやらここでお別れのようです。私がつけた傷ですから、最後に綺麗にしていきましょう」
僕の頬をまた、スッとなにかが通り過ぎた。けれど今度は痛みを全く感じなかった。
「頬を触れてみて下さい。あなたには感謝をしているのです。これはそのお礼の意味もあるのですよ」
僕の頬には血が流れていなかった。その傷跡も消えていたようで、元のツルツルの肌に戻っていた。
「これはどういうつもりですか?」
ミカもまた、僕と同じように頬に手を当てていた。大量の血が流れているのが、僕の側からもうかがえた。
「私を侮辱しているのですか?」
ミカの声が、野太く変わっていた。その顔にも変化が見られた。肌がひび割れていて、目には黒眼だけが広がっていた。口が大きく横長になっていた。とても天使の表情ではなかった。そしてその片方の翼が、もげていた。
「あなたとはサヨナラです。天使を連れてきて下さってありがとうございました」
その声とともに、ミカが暗闇の中に引きずり込まれていく。ミカはとうてい天使とは思えない悲鳴を上げていた。僕はなにも出来ずに立ち尽くしていた。足が動かなかったんだ。呆然とその光景を眺めていることしか出来なかったんだよ。そして僕は真っ暗闇の中、一人きりになってしまった。
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