第41話


   暗闇


「あなたをどう守ればいいのかわかりません。気をつけて下さい。私から絶対に離れてはいけませんよ」

 ミカのその声が、震えていた。ミカにはなにかが見えている? 僕はミカの背中越しにそれをのぞき見ようとした。けれど僕の目には、なにも見えなかったよ。

 そうなんだ。ミカの背中を見ていた僕は気がつかなかったんだけれど、辺りはいつの間にか夜になっていた。神様がいっていた、本当の真っ暗な夜だった。空には月の姿がなく、輝く星も見当たらない。そこは押入れの中よりも真っ暗な、本当の暗闇だったんだんだよ。

 しかし、ただ一つだけ光を放っていたのが、天使の翼だった。少し前のように、ミカの体は光っていなかった。その光は月明かりとはまるで別物だ。蛍の光のように、緑色に輝いていたからね。周りを照らす力はとても弱く、ミカの足元が見える程度だった。けれど後ろを歩く僕には十分すぎるほどの灯りだったよ。

「どうしてミカの体は光っていないんだい? 光り輝く姿を見たことがある」

「あれは地上に光が注がれていたからです。少しでも太陽の光があれば、私たちはそれを取り込み光らせることが出来るのです。真の暗闇の中では、この羽を光らせるだけしか出来ません」

「そこにはなにがいるんだい? 僕にはなにも見えない」

「そうでしょうとも。私にもはっきりとは見えません。けれどそこに、なにかがいるのは確かなようです」

 僕は宇宙人の言葉と、宇宙人が見せてくれた過去を思い出した。

「暗闇には死神がいる」

「あなたも目にしたでしょう。死神はもう、いないのですよ」

「それじゃあなにがいるっていうんだい? 生きている者はもう僕と僕の家族だけのはずだ」

 その家族っていうのは、妻と子供たちだけのことじゃないよ。わかるだろ? 他にも大勢いるはずの神様の子。つまりは僕の兄弟たちのことも含まれているんだ。

「えぇ、確かにその通りです。そのはずなのですが、この星にはまだまだ、わからないことが多いのです。神様がなぜ暗闇に死神を放したのかわかりませんか? 得体のしれない恐怖から身を守るためです。死神にその役割を与えていたのです。死神は神様の世界でも厄介者でしてね、そういった仕事には適していたのです。死神が暗闇を好むというのも理由の一つです。神様は死神が暗闇の中のなにかを始末してくれることを期待していました。けれどその期待は、裏切られていたようです」

 ミカはゆっくりと、前に一歩を踏み出した。するとなにかが暗闇から飛び出してきた。シュッと音がして、ミカの顔の横を通り過ぎていった。僕はそのなにかを目で追いかけようとした。けれど僕にはなにも見えなかったよ。

 僕はミカの顔をのぞきこんだ。ミカの頬に、血が流れていた。一本の細長い傷がついていて、その端から赤い血が流れていたんだ。少し不思議に感じたよ。悪魔たちとの戦いでは傷をつけられても血を流していなかった。そしてその傷もすぐに治っていた。どうして? なんて疑問が湧いた。けれどそんなことよりも、血の色が赤いことに喜びと安心を感じてもいたよ。

「ミカも僕と同じなんだ。同じ血の色をしている」

「神様も、同じですよ。私たちは家族ですから」

「やっぱりミカは僕の姉さんなんだ」

「それは違いますよ。私たち天使は神に創られた産物なのです。比べるのなら、人間と同じ、ということは出来ます」

「人間は天使のように美しくはない」

「けれどどちらも、神様が創り出した産物なのです。悪魔や死神は違います。神様と同じ世界で暮らす住人ですから」

 僕はミカの横に足を伸ばした。その顔を、もっと近くで見ようとしたんだ。

「ダメです! 私の後ろに下がっていて下さい。私の身体から血が流れるなんて、普通ではあり得ません。ここは予想以上に危険な場所のようです。腕を掴んでいても結構ですから、そこから離れないでいて下さい」

 僕は無意識にミカの右腕にしがみついていた。

「あなたのお母様は、女神様ですよ。気がついていないようなので説明しますが、神様は一人ではありません。私やあなたにとっての、この星にとっての神は一人です。そういった意味で、あの方が唯一の神なのです。けれどあなたのお父様以外にも神様はいるのです。神様には性別もあります。男性の神様もいれば、女性の神様もいるのです。その中の一人で、神様が愛したお方があなたのお母様なのです。神様には約二百五十人の子供がいるのです。皆様この星で人間として生活をしていました。それぞれの国、国とはいえない地域や部族にも一人ずつの子供を置かれています。国の形態は日々変化をしますから、神様の子供の数もそれに合わせて変化をするのです」

 僕の兄弟が二百五十人? 途方もない話だよ。

「あなたが覚えていないのも無理はありません。神様は、あなたたちがこの星にいる間は、神様としての記憶がなくなるようにしているのです。お気づきでしょう。神様の息子であるあなたも、神様なのですよ。そしてあなたは、神様にとって一番大事な長男なのです」

 僕には理解のし難い話だった。正直、今でもまだ理解をしていない。僕が神様のはずはない。もしそうだとするのなら、どんな理由があるにしろ、この星をこんなことにはしないはずだ。

「この話はここまでにしましょう。今はあなたの家に無事帰りつくことが先決です。しっかりとついてきて下さい。離れてしまってはもう二度と家には戻れなくなってしまうかもしれません。この暗闇の中では、私でもあなたを探し出すことはできないでしょう」

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