第39話


   全滅


 空にはいつの間にか、散り散りになっていた宇宙船が集まっていた。その中からぞろぞろと宇宙人たちが舞い降りてくる。宇宙人たちは一斉に神様へと攻撃をかけてきた。宇宙船からの攻撃も同時に向けられていた。

 けれど神様は、やはり笑顔で立っていた。なにもする気配がない。ただ立っているだけで、その攻撃の全てを受け止めるつもりでもいたようだ。僕や空に浮かぶ船を覆った膜を自分にも覆っていたのかもしれない。それゆえの余裕があったのかもしれない。けれど現実はわからない。例えその膜があったからといって、あれほどの攻撃に耐えられるとも思えないが、現実に神様はその攻撃を少しも受けずに済んでいたんだ。

 宇宙人の攻撃は、いとも簡単にはじかれていた。その第一攻撃が神様に触れる直前、横からの突風が吹いた。攻撃は全て、横に流されていく。その突風は、宇宙人の攻撃だけに向けられていた。僕にも風は感じられなかったし、神様も全く感じてはいないようだった。その長い髪の毛も髭も、少しも揺れてはいなかった。

 僕はふと横に目を向けた。そこには天使たちが集まっていて、その大きな羽をバタバタと羽ばたかせていた。その羽が生み出す風で、攻撃を横流しにしていた。

 天使はその羽を使い、宇宙人たちの攻撃を自らの攻撃として押し流していた。その攻撃に、半数近くの宇宙人が傷を負い、その中の数百人が即死だった。宇宙船も何台かが爆発していた。

 一方的な戦いだった。神様はなにも手を出さない。全てを天使に任せている。神様が見ている前での天使は、それまでとは違った表情と動きをしていた。その強さは圧倒的であり、芸術的でもあった。

 戦いの中、僕は話をしていた宇宙人のことを考えていた。彼にだけは死んでほしくないと思ったんだ。そして仲間たちにも、出来れば死なないでほしいと感じていた。宇宙人とは話をしたいことが沢山残っているから。

 天使たちは一つの傷を負うこともなく、全ての宇宙人を殺していた。僕の気持ちは少しも通じない。そして全ての宇宙船をも破壊していた。

 僕はその光景に感動をしていたけれど、全てが消えてなくなり、天使たちが地上に降り立ったとき、哀しみと恐怖を同時に感じていたんだ。

 哀しみはさっきまで話をしていた宇宙人が死んでしまったという現実を深く感じてしまったからだ。そしてその仲間も全滅してしまった。天使たちは宇宙に浮かぶ巨大な宇宙船さえもいとも簡単に爆発させてしまっていたよ。

 たった数分間の出会いだったけれど、僕はあの宇宙人に心を開いていた。なぜなのか、宇宙人との会話はとても楽しかったんだ。もっと色々と話をしたいと、本気で思っていた。聞きたいことが山ほど残っていたんだよ。けれどそれはもう、かなわない。僕は宇宙人の顔を思い出し、涙を流した。今でもそうだ。涙が込み上げてくる。出来ることならもう一度、あの宇宙人に会いたい。本気でそう感じているんだ。

 その宇宙人を表情一つ変えずに皆殺しにした天使たち。それが僕の恐怖の対象だ。天使の中にはミカもいた。そのミカに対してさえも、恐怖を感じていた。

 地上に降り立った天使たちは、歩いてこっち側に向かってきた。僕と神様を中心に、円を作っていた。百人近い天使たちがいたと思われる。

 天使たちの目が、とても怖く感じられた。無表情であり、その目が死んでいたからだ。なんの感情もない瞳は、向けられる側には恐怖の他ない。僕はミカの顔も見たけれど、ミカもまた同じ瞳をしていた。恐怖で話しかけることが出来なかった。

 その恐怖を打ち破ったのは、僕ではない。そんなことが出来るのは神様しかいない。といっても、神様には最初から恐怖なんて感じられていなかったのかもしれないけれどね。

 神様は両手を広げ、空高く掲げた。すると雲の隙間から船が下りてきたんだ。宇宙人が見せてくれた過去の中の船そのものだった。神様は体を宙に浮かばせ、その船の中に入っていった。

「息子よ。お前は早く家に帰りなさい。もうじき日が沈むのじゃよ。夜になってからでは手遅れになってしまう。お前は知らぬだろうが、光のない夜は、恐怖なのじゃ。このわしにも計り知れないなにかが隠されておるかも知れぬ」

 神様はそういいながら船の中から顔をのぞかせていた。

「貴様たちもそんな所でなにをしているのじゃ? 早く帰ってくるのじゃ。そんなに怖い顔をしなくてもよかろう。なにを怒っておるのじゃ? 天国のことならば諦める他はないのう。元々わしの創った世界じゃ、壊すのもわしの自由というわけじゃよ。貴様らには前もって説明をしておるじゃろうが。もう手遅れなのじゃよ。天国はどこにもない。貴様らも本当の故郷に帰るときが来たのじゃよ」

 天使の一人が一歩前に踏み出し、口を開こうとしていた。その姿を見て、神様は笑顔を浮かべていた。

「なにもいうではない。とにかくもう、終いなのじゃよ。そんな顔をいつまでもしているでない。息子が恐がっておるじゃろうが」

 その天使は、振り返って僕を見つめていた。僕は、その天使がミカだと気がついた。ミカは真っ直ぐ僕に向かって地上から少し足を浮かせたまま進んできた。

「あなたが生きていて、嬉しく思います」

 ミカの表情が、元に戻っていた。他の天使たちも、いつの間にか穏やかな普段の天使らしい表情になっていた。

「彼を家まで送り届けてもよろしいですか?」

 ミカは神様に振り返り、そういった。神様は笑顔でニッコリ、うなずいていた。

「それではわしは帰るとしよう。貴様らもじゃよ」

 神様の言葉にミカを残した全ての天使たちが空に舞い上がり、神様の船に乗った。

「息子よ。明日を楽しみに待っておるぞ」

 神様の船は、空高く浮かび、雲の隙間に消えていった。

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