第38話


   愚か者


 すると突然、空が光った。雲の裏側での光が、薄い部分や隙間から幻想的に漏れているのではない。太陽の姿も見えないのに、雲の内側からピカッと光が現れたんだ。それは突然部屋に明かりが灯ったような光だった。僕はその光に安心を覚えた。とても暖かい光だったからね。

 けれどそれは、僕に対してだけのようだった。宇宙人はその光に怯えているようだった。その大きな眼が、震えていた。そして頭を抱え、その場でしゃがみ込んでいた。

 そのとき僕は、もう一つの変化に気がついた。どこから現れたのか、地上にも空の中にも、無数の死神の姿があったんだ。死神たちの真っ黒なコートには光が透けて見えていた。

「これで終いじゃ!」

 神様がもう一度大きな声を出した。それをきっかけに、死神たちの姿がさらに薄くなる。そしてついには消えてなくなってしまった。死神たちは僕の耳に、気分を害する悲鳴を残していった。

「これを戦いの合図と受け取ろう。文句はあるまい。私たちは全力で戦う」

 宇宙人は膝をガクガク震えさせながら立ち上がった。そして僕に顔を向けた。

「君はどうする? 君さえよければ私たちの宇宙船に招待しよう。君をここで死なせたくはない」

 宇宙人は僕に手を差し伸べた。僕は特に深いことを考えず、その手を握ろうとした。

 けれどそのとき、一瞬で空が真っ暗になり、雲が動きゴロゴロと音を立て、その隙間からピカッと一閃の光が放たれた。光と同時に空気を切り裂く音が聞こえていた。

 その光は真っ直ぐ、近くに浮かんでいた小さな宇宙船に向かっていったよ。宇宙人が驚きを見せる前に、宇宙船は爆発、炎上した。僕の前にいる宇宙人の他にも、その宇宙船から出てきた宇宙人は大勢いた。すでに宇宙船の中に戻っていた者もいたようだけれど、外に出たままの宇宙人も残っていた。宇宙人たちは手の指から光を出し、燃えている宇宙船の火を消そうとしているようだった。炎に包まれた宇宙船に入り込み、中から仲間を救い出そうとしている者もいた。

「これが現実じゃよ」

 神様は笑顔を浮かべてそういった。僕にはそのときの顔が、本物の悪魔のように感じられたよ。

「あなたは間違っている」

 僕の目の前にいた宇宙人が神様の喉元をギュッと掴んだ。素早い動きで、僕はもちろん、神様にもその動きが見えていなかったようでもある。本気の宇宙人はその身のこなしが素晴しい。サッと飛び上がり、雲の上、神様の喉元に手を伸ばす。僕には見えなかったその動きを想像することが出来た。そして遠くに見える宇宙人が本気で絞め殺そうとしているのが感じられたんだ。宇宙人の表情が、それまでにないほどに殺気立っていたからね。

 けれど神様は、苦しそうにはしていたけれど、笑顔を浮かべてもいた。

「そうかもしれないがのう、これが現実なのじゃ。神には誰も逆らえんのじゃよ」

 雲の間からまた光が放たれた。その光は真っ直ぐに宇宙人の頭に落ちてきた。中に入っている小さな母親もろとも、一気に貫いていく。宇宙人は悲鳴を上げる暇もなく死んでしまった。

「お前はここでじっとしておるのじゃ。すぐに終わるからのう。それまで決してここから出てはならぬぞ」

 神様はそういいながら両手を大きく広げ、僕の体を包むように円を描いた。僕にはなにも見えなかったけれど、それはきっと、僕を守るための膜を拡げていたのだと思われる。手を伸ばせば通り抜けてしまい、僕には感じることの出来ない膜だけど、外から飛んでくる小石などは全てが弾かれていた。その直後に起きた神様と宇宙人による戦いの中巻き起こった激しい風も、炎の温度も、僕には感じられなかった。天使が作ってくれたものと似ていたけれど、少し種類が違うようでもある。天使が作ったものは光り輝いていたけれど、神様が作ったものは無色透明で、そこに膜があることさえ見えなかった。

 僕はその戦いを、ただ眺めていることしか出来なかった。足を動かす勇気がなかったわけではない。思わず見惚れてしまう戦いがそこで繰り広げられていたからだよ。映画よりも見応えがあり、映画よりも激しい戦いだった。けれどそれでいて、美しい戦いでもある。そんな光景を映画に出来たらどれだけ素晴らしいことだろうと感じてしまったほどだからね。

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