第37話
リアルな神様
そのとき、空が突然騒がしくなった。灰色でモコモコとした雲がいくつも動いていた。風は感じられないのに、雲が流れていた。薄暗い空には、光がのぞいていた。モコモコとした雲と雲の間から射していたんだ。真っ直ぐな光が、僕に向けられている。まるで僕だけにスポットライトを当てているようでもある。宇宙人には、その光が当てられていなかった。僕はスター? そんな勘違いをしそうになったよ。
「息子よ、お前は早く家に帰りたまえ。愛する者が待っているのじゃろ?」
その声はとても深みのある声だった。小さくも大きくもない音量で、温かい声色をしていた。聞いていると気持ちがよく、心が落ち着くようでもある。
「あなたが僕の父? だったら僕を産んでくれた母さんと育ててくれた父さんはなんなんですか?」
「その説明は必要ないと思うがのう」
光がスーッと広がった。雲と雲の間の隙間が、広がったようだ。そしてその光の中に、人影を見つけた。その人影は、ゆっくりと近づいてくる。足元には小さな白い雲の塊があった。神様は、雲に乗って近づいてきたんだ。
神様の姿は宇宙人が見せてくれた過去の姿とまんま同じだった。つまりは袋の中の人形ともそっくりってことだよ。
「お前はわしにとって一番の息子のはずじゃよ。そんなことを聞かないでくれるかのう。哀しくなってしまうからのう」
「これからなにが始まるのですか? 僕の家族は、本当に無事なのですか?」
「お前はいつからそんなに面倒な男になったのじゃ。わしの実験が終わりを迎えた。それだけのことじゃ。お前の役目も終いというわけじゃよ。お前はわしのことがわからぬのか? わしの子であるお前の子は、わしにとっても子なのじゃよ」
神様は僕のすぐ目の前にまで近づいてきていた。しかし地上には足を下ろさず、雲の上から降りようとはしない。その理由はわからないよ。僕は知りたいと思ったけれど、尋ねる暇がなくなってしまった。
「この星をどうするつもりなんです? あなたの考え次第では、私たちにも考えがあります」
宇宙人は神様に顔を向けていた。その語気が、少し強くなっているようにも感じられた。その顔も、怒っているようにうかがえたよ。
「どうするもこうするもわしの自由じゃ。ここはわしが見つけた場所じゃからのう」
「その話は以前にもしたではないか。この星を初めに見つけたのは私たちだ。その証拠なら、あなたも確認をしたじゃないか? それにいうならば、この星は誰のものでない。ここは元からここにあったものだ。あなたが作ったものではない」
「お主らはなにもわかっておらんのう。これ以上の説明は無駄じゃ。わしの邪魔をするのなら、戦うまでじゃ。けれどいっておくがのう、お主らに勝ち目はない。それの意味はわかっておるじゃろうが。わしが神と呼ばれているのは、それなりの理由があるからじゃ。人間を生み出したからではないのう。お主らにならわかるじゃろう。神という言葉の意味が。お主らの世界にも神という言葉があるらしいからのう」
その話を聞いていて、一つの疑問を思い出した。宇宙人はなぜ、僕の言葉を理解しているのか、ということだ。けれど僕は余計な口を挟めなかった。そんな雰囲気ではなかったからだ。といっても、その謎がそのままになってしまったわけではない。直接聞いたわけではないけれど、その後の宇宙人と神様との会話の中から、ある程度の想像が出来たんだ。それはとても、簡単なものだったよ。
宇宙人は元々言葉を表には出さない。相手の思考を直接のぞき見て、直接話しかけているんだ。そこに言葉という概念は通用しないようだった。まるで違うコミュニケーション手段なんだから仕方がない。けれど言葉に似た、外観や内観の想いなどを表現するなにかを持っているのは確かだった。残念なことに、そのなにかを僕の知るこの国の言葉に当てはめることは難しいことだ。無理にいうとするのなら、通念、とでもいうべきだろう。
と、そんなことを考えている今、もう一つの疑問を感じている。宇宙人と神様のやり取りが、なぜ僕にも聞こえたかということだ。神様の言葉はわかる。口を開いていたからね。けれど宇宙人は、神様に直接語りかけていたはずだった。
その疑問にはまだ、答えが出ていない。けれど僕なりに、想像をしてみることにした。宇宙人は、そのやり取りを僕にも聞かせようと思ったのかもしれない。どういうわけなのか、宇宙人は僕に対してとても心優しかったんだ。神様と話をしているときも、僕との間に入っていた。その姿は、僕を神様から守ろうとしているようにも感じられた。
もう一つ、別の想像もある。僕は神の子、らしい。けれど僕は神様から産み落とされたわけではない。少なくとも、この身体は父さんと母さんから作り出されたものだよ。ということは、この心が神様のなにかを受け継いでいるということなんだ。心だけが、魂だけが神の子だということになる。そう考えると、宇宙人の声が聞こえるのにも納得がいく。僕と神様は魂で繋がっているんだから、その思考がどこかで繋がっていたとしても不思議ではない。
けれど現実には、不思議もある。神様の考えが僕にはわからない。それと同様に、神様も僕の考えを理解出来ていないようだった。
「私たちの神は、絶対ではない。私たちを創り出したとされる、象徴でしかない。救いの神、それだけの存在だ。現実にはいない存在なのだ。けれどあなたは自らを神と名乗り、こんなに酷いことをしている。あなたはまさに、愚か者だ」
神様の顔が怒りに染まった。空がまた、騒がしさを増した。ゴロゴロとした音を鳴らしている。雲の裏側が、ピカピカと光っていた。
「わしをバカにするとは、お主らこそ愚か者じゃ!」
神様は大きな声でそう叫んだ。顔をあげ、天に向けて叫んでいるようでもあった。
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