第34話
生態
「ここから先には意味がない。君の知っている歴史の通りだ。人間たちの自分勝手な暮らしが続いていくだけだ」
「君たちの姿がない!」
「当然だ。私たちは姿を現すようなミスはしたことがない。けれど君に見せた映像は、全て私たちの仲間が見た実際の映像だ」
僕には意味のわからない言葉だった。口を開けて、宇宙人の大きな眼を見つめていた。言葉は出てこなかった。宇宙人の言葉を、頭の中で必死に理解しようとしていたんだ。
「私たちは様子を見ていただけだ。ゆっくりとこの星を観察していた。普段はこんな姿をしているが、一つだけ特殊な能力を持っている」
宇宙人は突然、その姿を消した。なんの前触れもなく、眼の前から消えてしまった。
けれど声だけは、頭に響き続けていた。僕は辺りをキョロキョロと見回すことしか出来なかった。
「ずっとここにいる。触ってみるか?」
僕はその声に驚いた。思わず情けのない甲高くて弱々しい声を外に漏らしてしまったくらいだからね。
「恐がらなくてもいい。手を伸ばしてみるんだ。ゆっくりと、そっとだ」
僕は恐る恐る手を伸ばした。そしてそれまで宇宙人がいた場所にその手を届けようとした。ゆっくりと、見えない宇宙人の頭を撫でようとしたんだ。
「もう少し下だ。そのままゆっくりと降ろすんだ。そうだ。優しく触るんだ。知っているとは思うが、この中にはもう一人、住んでいる」
その感触は、とても柔らかいものだった。プルンプルンとしていて、ゼリーでも触っているかのようにみずみずしくもある。この中にもう一匹いることを考えると、つい無意識に手に力が入ってしまう。
「痛い! やめろ!」
宇宙人は僕の手を勢いよくはらった。ヌメッとした感触がしたかと思うと、突然目の前に宇宙人の姿が現れた。
「ここには私の母がいるんだ。乱暴はよせ」
あぁそうなのか、と思った。あの小さな宇宙人は、母親なんだね。と、声に出そうとしたけれど、その違和感に口が動かなくなってしまった。僕の頭は混乱をしていたけれど、無理に冷静を装うともしていた。そのためなのかなにも出来ずに固まってしまったんだ。
「私たちはいつでも透明になれる。そうやってこの星に潜伏をしていた。この星のデーターをとり、船へと送っていた。あれからもう、何百万年のときが過ぎたといわれている。当然だが、私はそのときから生きていたわけではない。数年に一度、適した調査員を各地に送り込んでいるのだ」
「そんなことが出来るんなら、君たちは無敵だ。透明になって襲われたら敵なんていっこない」
僕は自然に言葉を返していた。頭はまだ混乱をしていたけれど、宇宙人の話に突っ込みを入れずにはいられない。
「そいつは違う。特殊な能力には弱点がつきものなんだ。いつでもなれるといったが、それは少し間違っている。怒りの感情があると、透明でいられなくなる。戦いは常に怒りの中にある」
「冷静に殺しをする者だっているはずだ! 人はみんな大した怒りもなく銃の引き金を引いている」
「それは君たち人間の場合だ。私たちは違っている。これを見たか?」
宇宙人は右手を伸ばし、手を開いて僕の顔に向けた。
「攻撃をするには怒りのエネルギーがいる」
宇宙人の顔つきが変化したように感じた。目つきが鋭く、怒っているように感じることも出来た。そして宇宙人はその手を僕の顔から少しずらし、指の先からピンクの光を出した。
「怒りがなければこの光が出ることはない」
ピンクの光は五本全ての指から出ていた。背後の地面に当たり、ボガンッ! と大きな爆発をさせている。
「これが理由だ。私たちは透明になって戦うことは出来ない」
宇宙人の話にはまだまだ他にも疑問点が沢山あった。けれど僕には、もっと気になっていることが置き去りのままだった。すると宇宙人は、僕の心を読み取った。
「仕方がない。それではその話をしよう。私たちには性別というものがない。恋をして、力の強いものが母となる。母は残された一人を体内に取り込む。それが二人の子供になるのだ。君たちの世界でいう性交渉であり、妊娠というわけだ。出産は人間と似ている。腹部にそれ用の穴があり、そこから産み落とすのだ。その後は母が子供を約一年間親身に育てる。子供の成長はとても速く、一年もすると大人と呼べるほどに成長をする。その代わりに、母は大変だ。一年間子供を育てると、とても小さくなってしまう。それはこの頭の中に入るほどの大きさだ」
僕はしんみりとその出っ張っている頭を眺めた。それまでには感じていなかった、神秘を感じてしまったんだ。その曲線が、とても美しい形をしていると感じたよ。
「そして母はこの中に収まる。この小さな母の中にも、もっと小さな母がいる。そのまた中にも、だ。気味が悪いだなんて思わないでほしい。これが私たちの生態なのだから」
宇宙人はまた、僕の心を読み取った。不思議というよりも、恐いと感じるよね。
「これも私たちの能力だ。けれど安心していい。悪用はしない。私たちの世界ではこれが普通だ。君の心が見えたからといって、問題はない。君がなにを考えていても、それは尊重すべき個人の考えだからだ」
僕はその言葉に感動をした。心が筒抜けでもわかり合うことが出来る、そんな関係に憧れのような感情を抱いていてしまったんだ。
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