第25話


   宇宙人


 背後からの轟音がどんどんと激しさを増していく。大きな爆発音がいくつも聞こえ、やがてそれは、僕へと近づいているようだった。僕はそれでも前だけを見て歩く努力をしていた。振り返り、現実を見るのが怖かったんだ。今日っていう日は本当に、知りたくもなかった現実ばかりを見せられているからね。

 僕の頬や耳元になにかが掠めるのを感じた。背後から飛んでくる、爆撃の残骸だと思っていたけれど、頬に痛みを感じ、手を当てると血が流れていた。僕は身を屈め、急いで瓦礫の陰に隠れた。そして背後から飛んでくるなにかを確認した。

 ライフルが僕を狙っていた。

 近づいてくる人影は、身を潜めている僕に向けて何度も銃弾を飛ばしていた。僕には抵抗する術がなく、隠れてその場をやり過ごす他はないと思い、その人影がこれ以上近づいてこないことを祈っていた。

 けれどその人影は真っ直ぐ僕の隠れている場所に向かってきた。ライフルを構え、何度も発砲していた。

 近づくに連れ、その人影が誰なのかに気がついた。部隊を率いていた、隊長だったんだ。僕は両手を上げ、抵抗する意思がないことを示し、ゆっくりと立ち上がって瓦礫の影から姿を現した。僕だと分かれば狙撃されない。隊長はきっと、僕の姿がよく見えずに妖怪とでも見間違えているんだと思ったんだ。

「動くんじゃない! じっとしているんだ!」

 隊長は大声でそう言いながら、もう一度発砲した。その銃口は、僕よりも少し上に向いていたよ。隊長の顔も、ほんの少し斜め上に向いていた。

 ドサッ! と僕の目の前になにかが落ちてきた。妖怪のようにも見えたけれど、悪魔のようにも見えた。それまでに見てきた者たちと、少し異質の姿をしていた。グレーの素肌、アンバランスな頭の出っ張り、脳みその部分だけがポコンッと突き出ていて、大きな透明の目が二つ、鼻は少しもでっぱりがなく、その部分に小さな二つの穴が開いていた。そして衣服は身に着けていなかった。いかにもな宇宙人? 売店で見かけた人形に似ているとも似ていないとも感じたよ。

「危なかったな! そいつが何者かは知らないが、そっちに逃げていったのを確認して追いかけてきた。君が危険だと思ったからな」

 隊長は倒れているそいつをライフルで突っついていた。脳天に空いた穴からは肌と同じ銀色の液体が流れ出ていた。

「君はこいつを知っているか? 向こうで妖怪や悪魔たちと戦っていたら突然こいつが現れた。誰の仲間でもないようで、全てに敵対しているようだった」

「向こうにはこいつが大勢いるんですか?」

「今のところ確認をしたのはこいつだけだ。だからこいつを追いかけてきた。こいつが何者なのか、知る必要がある。こいつは危険だ。武器も持たずに大勢を殺している。自分は少しも傷つかずにだ。ここで仕留めることが出来たのは奇跡に近い。こいつは弾丸を、素手で受け止めることも出来る」

 けれどそのとき、そいつは隊長の弾丸に倒れていた。僕はその不自然さを問いただせずにはいられなかった。

「はっきりとは分からない。ただ運が良かっただけなのかも知れない」

 隊長はそう言いながらそいつの身体を蹴りつけていた。

「こいつは君を殺そうとしていた。君の頭にその両手を伸ばしていた。俺の弾丸で致命傷を受けるとは考えていなかったのだろう。こいつは油断をしていたんだ」

 隊長はもう一度そいつを蹴りつけようと足を動かした。

 すると突然ギィィィィー! という甲高い悲鳴のようなものがそいつの身体の中から聞こえてきた。そして隊長の足が、止まった。

 ズボッ! とそいつの出っ張っている頭から、銀色のしぶきを上げながら、なにかが飛び出してくる。

 隊長はそのなにかに向かって迷わず発砲した。ズドンッ! という音にすぐ、甲高い悲鳴が重なった。表に出てきたその悲鳴は、耳が痛くなるほどだったよ。

 隊長の足元に、そのなにかがボタッと落ちた。隊長はそのなにかを、ライフルで突ついていた。そのなにかは僕の手の平に収まるほどに小さかったけれど、そいつとまるで同じ姿をしていた。そしてそのなにかも脳天に空いた穴から銀色の液体を流していた。

「生き物を仕留めるにはここを狙うのが一番だ。君も覚えておけ」

 隊長はそう言い、持っていたライフルを僕に向けて投げた。僕はそれを受け取り、まだ煙の噴き出している銃口をのぞき見た。

「初めてか? 持っていて損はない。撃ち方を教えてやる」

そう言って隊長は地面に転がる二つの死体をまたぎ、僕の隣にしゃがみ込んだ。

「宇宙人・・・・ ですかね?」

「そうかも知れないし、違うかも知れない。妖怪たちも、悪魔のような奴らもそうだ。我々にはそう見えるけれど、その実態はわからない。それに・・・・」

 隊長は弾の込め方と打ち方を簡単に手ほどきしてくれた。僕は試しになにもない瓦礫に向かって発砲した。思ったほどの反動はなく、簡単な道具だと思った。飛んでいった弾は、命を奪う。こんなに簡単に生き物を殺せると思うと、怖いというよりも、寂しいと感じたよ。自分の身を守るためとはいえ、あまりにも簡単すぎる。これなら子供でも平気で使いこなせてしまう。銃を使いこなすってことがどういうことかってのは分かるよな。僕はまだ、使いこなせてはいない。それでいいんだとも思っている。使いこなしたくなんかないとも思う。

「幽霊を見ましたか?」

 向こうでは激しい戦闘が行われていた。隊員が死に、幽霊として姿を現しても不思議はないと思ったんだ。

「あいつらはみんな、成仏していった。お前は信じるのか? この世界は一体どうなっている。俺は天使の存在を見た。死神の存在もだ」

 隊長はズボンを捲り上げ、編み上げブーツの外側に据えつけてあった小さな拳銃を取り出した。

「天使は悪魔や妖怪と戦っていた。死神もまた悪魔と戦っていた。奴らは我々の仲間なのか?」

「天使は言っていました。これは神の意志だと。けれど妖怪たちはこう言っていました。この世界は俺たちのものだと。僕たち人間は後からやってきて、この世界を滅茶苦茶にしたと」

 隊長は拳銃を構え、倒れている宇宙人の頭にそれぞれ一発撃ち込んだ。グチャッ! という音と共に、宇宙人が小さな叫びを上げた。隊長は二つの頭を、踏み潰した。

「この世界は我々が守る。邪魔をするのなら、戦うまでだ」

「向こうの状態はどうなんですか?」

「問題はない。悪魔も妖怪も、じきに壊滅する。天使と死神は放っておく他ない。我々の攻撃が一切通じないからな」

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