第24話


   隊長


 ズドンッ! と大きな音が胸に響いた。僕はそれが死への合図だと思った。死を覚悟していた心臓が、最後の悲鳴を上げたと思ったんだ。僕は思わずうつむき、目を閉じた。

 僕の目には真っ暗な空間が広がり、一瞬の静けさを感じた。けれどすぐに、それを打ち破る悲鳴が聞こえたよ。初めは無意識に上げてしまった僕自身のものだと思っていた。

 けれどその悲鳴はとても薄汚かった。泥臭いとでもいうべきなのか、下品でいて耳障りが悪く、聞いていて不愉快になる叫びだった。とても僕の叫びとは思えなかった。自分の叫びに不快を感じるはずはないんだ。その叫びが外側から聞こえてくることに気がつき、僕はうつむいたまま目を開けた。

 今度はドサッ! という音が目の前から聞こえてきた。頭の大きな妖怪がうつ伏せに倒れていた。後頭部に小さな穴が開いていて、そこから血が湧き出ていた。

 頭を上げて遠くに視線を移した。そこにはヘルメットをかぶり迷彩服に身を包んだ人間らしき姿が大勢見えた。それぞれが色々な形と大きさの銃を持ち、構えていた。僕が真っ直ぐに見つめた先に立っていた人間は、僕に向かって右手を高く上げ、手招きしていた。左手で抱えているライフルの銃口からは、煙が吹き上がっていた。その人間が、妖怪を殺したようだった。

 僕は倒れている妖怪を跨ぎ、足を進めた。そこにじっとしているよりも、その人間の元に向かう方が助かる可能性が高いと思ったからだ。

 僕は歩きながら辺りの様子をうかがっていた。大勢の妖怪たちが人間たちの真向かいに立っていて、僕を睨みつけていた。今にも僕を襲うとしているようだった。せっかく助かった命を無駄にはしまいと、僕は急いで人間たちの元に走っていった。

「生きているのは君だけか?」

 僕を手招きした男がそう言った。

「人間は、という意味ですか?」

 その男は笑顔をのぞかせていた。

「君は我々が捜索をして始めての生存者だ。もちろん、人間では、だがね」

「どこから来たのですか?」

 その男は隣の県にある陸軍の駐屯地からやってきたと言った。自らの階級を小難しい名称で語っていたけれど、要するにそこにいた部隊の隊長のようだ。三百人はいたように思える。戦車も十数台は引き連れていた。別の場所ではヘリや戦闘機の部隊も活動を始めていると言っていた。

「妖怪たちと戦うんですか?」

「そうする他、どうすればいい? 我々はこの国を守るのが仕事だ」

「ここ以外にも妖怪たちはいるんですか? 他ではもう戦いが始まっているんですか?」

「そういうことになる。この国だけではない。世界中ですでに始まっている。彼らの目的は分からないが、やらなければ我々がやられてしまう」

「君は後ろに下がっていたまえ。これから奴らを一掃する」

 僕は隊列の後ろへと追いやられてしまった。聞きたいことはまだまだ沢山あったけれど、そんな暇もなく、戦いは始まった。

 正直、あれほど一方的になるとは思いもしなかった。完全武装した人間は、恐ろしいものだよ。妖怪たちは次々に倒れていった。様々な色の血を流し、聞くに堪えない叫びを上げて死んでいった。隊員たちは笑顔で銃を撃ち続けていた。人間こそがその内面は悪魔や死神なのかも知れないとほんの少し感じていた。

 そして、あっという間に妖怪たちは全滅した。

「我々にはまだ戦うべき敵が残っている。君はどこに行くんだ? 我々と一緒に戦わないか?」

 隊長が隊列をかきわけて僕の隣にやってきた。

「奴らはまだ大勢いる。聞いた話ではもっと手強い奴らもいるという。君の力が必要だ。戦力は一人でも多い方がいい」

 僕は一瞬その言葉に反応をして敬礼をしそうになってしまった。右腕を上げかけたとき、遠くで轟音が響いた。

「向こうでも始まったみたいだ」

 その轟音は一発では終わらなかった。かなり激しい戦いが繰り広げられているようだ。叫び声の中に、人間のものも混じって聞こえ、戦いの場が近いことを知った。

「我々は先を急ぐ。君もついてくるといい。強制はしないが、ここに一人でいても危険なだけだ。どこへ向かっているのかは知らないが、君の向かう先には誰もいない。我々はそれを見てきた」

 隊長は僕の肩をポンッと叩き、そのまま部隊を引き連れて轟音の響く方へと向かっていった。隊員たちに対してなにやら指示を出したりしてた。無線で連絡をとろうともしていたけれど、誰からも返事はなかった。

「くそう! 無線が通じない! 手強い奴らに出くわしたらしいな。急ぐぞ!」

 戦車がスピードを増して走り出し、隊長たちの姿も見えなくなっていた。僕はその様子を、隊長たちが巻き上がらせている煙が消えてなくなるまで見つめ続けていた。

 振り返り家に向かって歩き出そうとしたそのとき、背後でまた轟音が響いた。少し前よりも激しく、地面が少し揺れた。僕は背後でまた戦争が始まっただけだと思い、気にもせずに家に向かって歩き出した。

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