第23話
食事
ここにこうして僕が生きているということは、僕がその攻撃を逃れることが出来たからだ。僕自身の力ではなく、他人任せではあったけれど、こうして助かったことを嬉しく思っているよ。あの一瞬は本気で死ぬんだって感じていたからね。
「お前は運がいい。俺は今腹を空かせている。あいつらを料理してから、お前を殺してやる」
そいつは僕の頸動脈に爪が触れるか触れないかの間合いで手を止めた。ギリギリの寸止めは、痛みは感じなかったけれど、薄っすらと血が滲み、流れ出ていた。
そいつは振り返り、首を絞められた鶏のような叫びを上げ、倒れていた死神に飛びかかっていった。
「我らは貴様たちと戦う理由がない」
死神の声が聞こえた。
「それがどうした? 腹が減ればお前たちを食う。それが俺たちの文化だ!」
そいつが飛びかかっていった先には、大勢の死神がいた。そこは大きな死神が倒れた場所だ。大きな死神は一度崩れ去り、僕と変わらないサイズに戻り、数を増やしていたようだ。けれどなぜなのか、全ての死神が鎌を持っているわけではなかった。両手をただぶらりとしている死神も大勢見えたよ。そもそもどうしてそうなっているかはその場では不思議にも感じていなかった。死神は増えたり減ったり数を増減させても不思議じゃないと思っている。
ふと目を向けると、そいつは一人の死神に喰らいついていた。真っ黒なコートがはだけたけれど、僕にはそこにあるはずの死神の姿が実際には見えていなかった。ただその場所が、死神が立っていたと思われる場所だけが、蜃気楼のようにぼやけていただけだった。そいつはその蜃気楼を必死にかぶりついていた。僕には空気を貪りついているようにしか見えない。けれどそいつは茶色のヨダレを垂らし、ニタニタと気持ち悪く歯を覗かせていた。死神を喰らっているってことは、僕の目には明らかだった。
気味が悪いその光景に目を背けると、いつの間にか、大勢の妖怪たちが瓦礫の影から飛び出して、死神に襲い掛かかっている様子が目に見えたよ。死神たちは次々に姿を消していた。
妖怪たちはほとんどがそれぞれ違う姿をしていた。天狗のように顔が真っ赤で鼻が長かったり、ドラゴンのように翼を広げて空を飛んでいるものもいた。毛むくじゃらの大男がいたり、黄緑に光る肌の小男もいた。その小男よりも小さく、僕の手の平に乗るほどに小さな透明な羽根をパタパタとさせている長い金色の髪の毛の女の子もいた。その他にも映画やアニメ、古い書物の中や、教会などの壁画や彫刻の中にだけ存在していると思っていた生き物が大勢いたよ。悪魔に似ているものもいたけれど、なにかが違っていた。悪魔はこの世界とは異質の存在だけれど、妖怪たちはこの世界に馴染んでいるように感じられたんだ。僕の友達にも、似たような姿の人間が大勢いるしね。悪魔のような人間もいなくはないけれど、それは内面的な問題で、外見が悪魔っぽい人には会ったことがない。
妖怪たちが全ての死神を食い尽くしたかと思われたとき、突風が吹いた。そして地面に残った死神のコートが舞い上がった。それらが空中で重なり合い、一つの大きなコートの形になった。僕には空中に浮かぶ大きな死神の姿に見えたよ。それはまさしく僕がイメージする死神そのもののように感じられた。薄暗くと浮遊する塊は、死を連想させる。
するとその塊目掛けて一匹の妖怪が、飛び上がった。死神のフードをかぶっている頭上から、一気に真下に爪を下ろす。コートはその一撃でバラバラになり、風に舞って粉々に消えていった。その死神は、中身のない抜け殻だった。蜃気楼のようなものも見えず、妖怪も喰いつこうとはしなかった。
その妖怪は、死神の抜け殻を切り裂いた勢いをそのままに、爪を立てたまま僕に向かって走ってきた。人間と同じような肌の色をしていて、藁で出来ているスカートのようなものを腰に巻いていた。上着は着ていない。靴も履いていなかった。手には包丁のような刃物をそれぞれに一本ずつ持っていた。特徴的なのは頭の大きさと、髪の毛の生え具合。身体に不釣合いな大きな頭は、横は肩幅の二倍もあり、高さは身長の半分ほどで、赤ん坊のように頼りなく細い首の上に乗っかっていた。頭の天辺には髪の毛がなくテカテカと光っていて、耳の少し上の辺りから三日月状に腰の辺りまで伸びていた。大きな口の歯を剥き出しにしていて、目を大きく見開いている。身体全体は僕の半分ほどしかないけれど、その迫力は凄まじい。僕は恐怖に足を震わせ、死を覚悟した。身体中から汗が噴き出していく。
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