第22話


   妖怪


 大きな死神がドサッと音を立てて崩れ落ちた。真っ黒なコートが、地面に大きく広がっていく。

 おかしなその物体は、僕の目の前に立っていた。黄色く厚い大きく伸びた爪を立てて、今にも僕に襲いかかろうとしていた。

 肌の色は真黄色で、背は低く身体は細かった。人間のように作りこまれた服を着ていた。けれど明らかに、人間とは異質の存在だった。

 そいつは深い緑のシャツに、真っ赤な丈の短いパンツをはいていた。茶色の革靴を履いていて、メガネのような物を鼻にかけていた。丸い輪が二つつながっているだけの物だよ。僕が驚いたのは、その輪が半透明に輝く緑色だったってことだ。それでメガネの役割を果たしているとは思えなかったけれどね。

 けれどメガネをとったときのそいつの目を見て、それでいいのかも知れないと思った。そいつの目も、同じような緑色で輝いていたんだ。

 そしてもっと驚いたことがある。そいつは、腕を伸ばしてその鋭い爪で僕の喉元を狙いながら、僕に通じる言葉で喋ったんだ。

「お前らはいつでも邪魔ばかりする。俺たちの暮らしを邪魔し、今度は俺たちの星を壊すつもりでいる。そうはいかない。この星は俺たちのものだ。お前らは勝手にここにやってきた。神なんて名乗っている愚か者が、お前たちを連れてきた。そしてこの有様だ」

 僕は目をキョロキョロと落ち着きをなくしていた。その言葉に動揺をしていたんだ。僕なりにではあるけれど、その意味を理解し、想像を膨らませていた。そして勝手に納得をしていたんだよ。

 ただ一つ、その時点では分かっていないことがあった。それは、どうしてこの星を破壊する必要があるのかということだ。

 神様はきっと、人間がロボットを作り出そうとするように、神様の姿を真似て人間を作ったんだ。きっと神様は、人間とは違う身体の造りをしているはずだ。天使は羽を生やしていたし、幽霊や悪魔たちは人間とは違う色の血を流していた。死神にいたっては、身体そのものが空気で出来ているかのように感じられた。

 この星には元々そいつらが暮らしていたんだ。神様はこの星を見つけ、この星を気に入った。きっと神様が暮らす星に似ていたんだよ。人間が生きるための環境が最初から整っていたこの星に、人間を放し飼いにした。実験をしていたといったところだよ。

 けれど神様は、いつしかそんな人間を見捨ててしまった。人間の行動に、嫌気をさしてしまったんだろうな。そしてほったらかしにしてしまったんだ。そうでなければ、僕たちの前に姿を現していてもおかしくはないだろ? 神様がこの世に姿を現したのは、古い書物が正しいとするのなら、今から数千年も前のことだからね。

 そいつらはきっと、以前は人間たちと共に暮らしていたんじゃないかな? 特にこの国には多く存在していたようだ。妖怪と呼ばれているそいつらがきっと、この星の先住民なんだよ。名称は違うけれど、妖怪に似た生き物は世界中に散らばっているようだしね。

 僕は勝手にそんな想像を膨らませていた。

「これは俺たちの戦いだ。お前たちを殺し、神を殺してやる! この星を守るのは、俺たちだけでじゅうぶんだ。お前たちの力はいらない。余計なお世話だ!」

 そいつは僕の喉元に向けて爪を立てていたその手を大きく振りかぶり、僕へと振りかざした。僕は死ぬかも知れないという恐怖を感じる暇もなかった。頭を下げて避けるとか、手で防御をするとか、そんな考えが少しも浮かばず、ただただその手を眺めていた。

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