第21話


   リアルな地獄絵図


 瓦礫の山と瓦礫の山の間に、地割れをしてデコボコとしている道路が見えた。幅の広い道路で、倒れている看板の形と、そこに記されている数字に見覚えがあった。僕の住む町の駅へと真っ直ぐにつながっている国道の数字。

 そこにはそれまでに見てきた光景の中で、最悪を更新することになる景色が広がっていた。僕にとっては、天使と悪魔の戦いよりも凄まじく映っていた。地獄絵図も、絵の中の世界と現実では違いがあることに気がついた。僕がそこで見た地獄絵図は、少し前に見た絵の中の世界を具現化したものではなく、これ以上にないリアルな地獄絵図だったんだ。

 地割れした道路では、数十台の車が火を吹いていた。ひっくり返っているものや、横向きになっていたり、地面に縦に突き刺さっているものもあった。焦げ臭い匂いがしていて、線香を焚いているような匂いも混ざっていた。血だらけの死体、黒焦げの死体があちらこちらに転がっていた。そして、悲鳴のような音が響いてもいたよ。

 その音の正体は、まだガソリンが切れていない車のエンジンが発する音だったり、壊れた信号機の発する音だったり、爆発している炎の物音が混ざっているものだった。

 けれど僕の耳には、死んだ人間の虚しい叫びにしか聞こえなかった。

「この声が聞こえるのなら、お前は間違っていない。今はなにをしたいんだ? 自由にすればいい。お前ならきっと、うまくいく」

 そんな声が背後から聞こえてきた。擦れてはいたけれど、重たい響きだった。耳に届くのではなく、心に届く声だった。

「僕はなにもしない。僕は、なにもしていない」

 立ち止まり、正面を向いたままそう答えた。

「お前は生きている。それ以上の自由があるのか? お前は生かされている。運よく生き延びている奴らとは違う」

「生きている人がまだいるの?」

 僕は慌てて振り返った。この世界にはもう、家族以外は生きていないと覚悟をしていたからだ。その家族さえ生きていないかも知れないと、少しの覚悟もしていた。

 けれどそう、冷静に考えると、神の子が僕だけとは限らない。天使が一人きりじゃなかったように、この世界のいたるところで神の子を助けていたのかもしれない。ミカもそう言っていた。神の子、とは言わなかったけれど、他の天使たちも必要のある者を助けていると言っていた。

 振り返った瞬間に、そんなことを考えていた。そして気がついてしまったんだ。天使はああ言っていたかも知れないけれど、この地震が他の地域では起きていないかも知れないということに。天使の言葉をなんの疑いもなく信じてしいたけれど、それが間違いなのかも知れない。複数の場所で、それもこれだけの規模のものが、世界中で同時に起きているとするなら、この星がなくなってしまってもおかしくはないと考えたんだよ。だってそうだろ? 全世界でこれほどの規模の地震が一斉に起きれば、地球自体が砕けてもおかしくはない。

 振り返った先にいたのは、僕が通り抜けてきた大きな死神だった。僕に顔を向け、ニヤッと微笑を浮かべたように感じられた。赤く光る二つの目が、細長く垂れていたよ。

 と、そのとき、死神の背後から地鳴りが響いた。物凄い轟音が、地下深くから迫ってくるようだ。そして、赤とオレンジの混ざった液体が、煙を上げて噴き出していた。一気に地上の温度が上がったよ。一瞬にして汗が噴き出したからね。

「自由にすればいい。お前はまだ、生かされている」

 と、今度はまた一気に真っ黒な雲が低空に作り出され、大粒の雨が降り出した。

「この世の終わりが、また一歩近づいた。神は理不尽だ。自らを守るため、多大な犠牲を払っている。そしてそれをよしとしている。身勝手な戦いのため、我らをも犠牲にするつもりだ。一体なんのためにこの世を創ったというんだ」

 大粒の雨は、赤とオレンジの液体を固めていく。ジュウジュウと音を立て、真っ白な蒸気を上げていた。

「我らは神ではない。死神は、神の仲間ではない。こうなることを知らされてもいなかった。我らはじきに、滅びるだろう」

 大きな死神がそう言い終えるのと同時に、死神の腹に穴が開いた。音もなく、その穴からおかしな物体が飛び出してきた。

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