第19話
戦いの果て
そのとき、奇跡が起きた。魔王が最後の力を振り絞り、大きく左手を振り回したんだ。右手はそのとき、肩の付け根から失われていたからね。
天使たちは油断をしていたんだ。その左手が四人の天使を吹き飛ばした。四人は勢いよく地面に叩き落されたよ。四人とも、その場でピクリとも動くなってしまった。
その姿に魔王は笑顔を浮かべていた。それはとても恐ろしく歪んだ表情だったけれど、僕にはなぜだか笑顔だということが感じ取れていた。悪魔の顔は、喜ぶと歪んでしまうんだ。そして魔王は、その瞳にたまっていた真っ赤な涙を零し、その場に崩れ落ちるように倒れてしまったよ。魔王だってもうとっくに限界を超えていたってことだ。
その涙は、地面に落ちると、瓦礫や土までもを燃やしていく。あっという間に炎が広がり、魔王自身の身体をも燃やし尽くしてしまう。その炎は僕を守る光の壁にも迫ってきていた。けれど僕は燃やされなかった。熱でさえ、全く感じられなかったんだ。信じられるかい? 天使の力は、例え倒れていたとしても失われない。死んでもなのかとも、そのときは感じていた。
魔王は地面に倒れてからずっと、僕に顔を向けていた。僕を睨みつけているように感じられていたけれど、なにも語りかけてはこなかった。僕は魔王と話をしたいと思っていた。けれどなにを話せばいいのか、整理をつけることが出来る前に、魔王はその姿を灰に変えてしまったんだ。
僕は天使の様子が気になり、倒れているその場に目を向けた。燃やされてしまったのかと心配をしていたんだ。
四人の天使の内、一人の羽が二本とももぎ取られていた。炎は羽を失った天使だけを燃やしていたよ。その他にも火は包んでいたけれど、燃えることも、煙を上げることもなかった。三人の天使と、もぎ取られた二本の羽は、真っ赤な炎の中、なんの変化もせずにそこに倒れ続けていた。
燃えているその天使は、金色の煙を上げていた。燃え残った灰は、紫色だった。
天使の体が燃え尽きたとき、地上に強い風が吹いた。その風は紫色の灰だけを吹き飛ばしていた。そしてその灰は、地上の真っ赤な炎を消化させていた。
倒れていた三人の天使が、何事もなかったかのように突然起き上がった。そして真っ直ぐ僕に近づいてきた。
「お待たせしました。これで全てに片がつきました。もう悪魔たちに襲われる心配はありません」
ミカはそう言い、光の壁に足を触れたんだよ。光がミカの身体に吸収されていく。
「私たちはもう帰ります。またなにかがあったらすぐに駆けつけます。心配なさらず、家族の元に帰って下さい。そして子供たちにそのプレゼントを渡すのです。必ず、忘れないように」
僕がなにかを言おうとする前に、天使たちは空高く飛び立っていった。僕は辺りを見回した。空はまた、薄黒い雲に覆われていた。そして遠くに、死神の姿が見えたんだ。死神は、大きな死神を中心に、丸く輪っかを作って固まっていた。恐ろしいという感化を覚えなかった僕自身を恐ろしく感じた。
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