第18話


   激闘


「仕方がありません。あなたは必要な存在なのですが、死んでもらいましょう。こういう言い方は好きではありませんが、あなたの代わりなら、いくらでもまた生まれてくることでしょう。あなたもお気づきでしょう。子供たちは世界中に散らばっている。向こうにも大勢いることでしょう」

 ミカは大きな翼を広げ、優雅に飛び立った。魔王の頭上を越え、その際に僕の手を掴み、魔王の背後に降り立つ。僕にはミカの行動が読めていた。自然と伸ばした手に、そっとミカの手が重なる。持ち上げられているとの感覚はなかった。幼い頃に親の手に引っ張られてエスカレーターに乗っているような感覚だった。

「あなたはここにいて下さい。少しも動いてはいけませんよ。今から始まる戦いは、危険なものになるでしょう」

 ミカはそういい、僕の足元に、宙に舞いながら僕を囲うように足の先で地面をこすり輪を描く。その線がつながった瞬間、その線から光が噴き出し、僕の周りを保護する。僕はまるで光り輝くカプセルの中にいるようだった。

 透明な光の壁に触れると、暖かく優しい感触がある。強く押してみると、その壁ごと外側に膨らんでいく。卵の中にいるタコのようだと感じた。

「決してその線から足を踏み出してはなりません。そこから一歩でも出てしまえば、あなたを守ることは出来なくなってしまいます」

 僕は一瞬、足を外に踏み出そうとしていた。けれどその言葉に、慌ててその足を引っ込めた。

「貴様一人でこのわしを倒せると思っているのか?」

 魔王は振り返りながら右手を大きく振り回していた。ミカは羽を広げて飛び上がり、その手をかわす。その手には僕を守っていた光の壁を消し飛ばす勢いがあった。僕は思わず身を屈めた。けれどその光に触れた瞬間、その手が不自然に軌道を変えた。僕を守っていたカプセル状の形をなぞるようにボコッとした半円を描き、通り過ぎていったんだ。

「残念ですけれど、一人で戦うつもりはありません。時間もあまりないものですから、四人で一気に終わらせるつもりです。ご了承下さい」

 ミカの言葉を合図に、三人の天使たちも翼を広げ、飛び上がった。四人対一体の激し過ぎる戦いが始まった。

 その戦いはどう言葉を使って表現すればいいのかが分からない。僕が今までに一度も経験したことのない激しさだったからだよ。映画や漫画の中でも見ることの出来ない、リアルな激しさだった。傷を負った魔王は緑の血を噴き出し、天使もまた羽を傷つけられていた。不思議だったのは、天使には血が通っていないってことだよ。身体を傷つけられると、その箇所が一瞬青くなり、すぐに元に戻っていく。肌を切り裂かれても、液体は少しも流れ出ない。幽霊のような透明なものも出ているふうではなかった。幽霊の血がいくら透明であるとはいっても、ドロドロの血は肉眼で確認することが出来た。けれど天使の切り傷からは、なにも見えず、フッと息を吹きかけるとすぐ、元通りにくっついていく。

 普段はその手になにも持っていない天使たちだけれど、そのときだけは手に光り輝く武器を持っていた。どこからなにを取り出したのか、握り締めた拳から、突然光の棒が突き出てきたように僕には見えたよ。その光の棒は、親指側からだけではなく、両側から延びていた。

 その戦いは、明らかに天使たちが有利だった。四人からの同時の攻撃に、魔王がどんなに抵抗をしたところで、傷を負わずにすむはずがない。魔王の身体は見る見る弱っていったよ。少なからず僕は動揺し、同情していた。

 天使もまた、傷の回復があるはずなのに、弱りを見せていた。これがもしも一対一の戦いだったのなら、魔王にも勝機があったかも知れない。一つの疑問はあったが、天使が一人で魔王を殺すのには、相当に時間がかかると思えたんだ。

 一つの疑問というのは、傷を負わない天使をどうやって殺せばいいのか、見当もつかなかったってことだ。いくら弱りを見せていても、傷つかない身体を殺す方法が、僕にはわからなかった。

 激しい戦いの中、魔王は初めからずっと真っ赤な瞳に、真っ赤な涙を浮かべていた。零れ落ちることを必死に我慢していたが、その理由は最後になるまで分からなかった。

 魔王は身体のあちらこちらを切り落とされていた。あれほど大きかった身体が、とても小さく感じられるほどに。身体中のほぼ全体から緑の血が噴出していた。それなのにずっと倒れずに立ち続けていたことに、僕は少しの感動をし、涙を浮かべたんだ。

 けれどそれも限界に近づいていた。魔王はもう、立っていることが出来なくなり始めていたんだ。意識さえ、失う寸前のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る