夏が終わって不思議なことが起こった

鈴元 香奈

第1話

 試験が終わった8月初旬には、朝からミンミンゼミがうるさい程に鳴いていたのに、久しぶりにやって来た大学は随分と静かだった。暑い八月が終わり九月に入っていた。

 読みたい本があり、大学生協まで買いに来たついでに、キャンパスに住み着いた猫に餌をやるつもりだった。いつもは丸々としている猫たちは、毎年夏休みに入ると、エサを与える人がいなくなり餌不足で痩せてしまっている。

 見慣れた三匹のトラ猫は日陰に寝そべっていた。少し痩せているけれど、元気なようだ。

 持ってきたキャットフードを見せると、猫たちはおもむろに起き上がり私を取り囲んだ。木陰から見慣れない痩せた黒猫がやってきた。首輪はしていない。こんな郊外にある大学にわざわざ捨てに来る人がいるらしい。キャットフードをたくさん持ってきて良かった。

 持ってきていたトレイにキャットフードを入れて足元に置いてやると、三匹のトラ猫たちは勢いよく食べ始めた。

 痩せた黒猫は警戒しているのか動かない。私は魚の形をしたキャットフードを手に持って近付くと、空腹に負けたのか黒猫は直接私の手から食べてくれた。それからは行儀よく座って私の手からキャットフードを食べる。毛並みは美しく人に飼われていたのに違いない。

「こんな所に捨てられてしまったの? それとも自分で家を出てきたの?」

 もちろん、黒猫は喋ったりしない。私の言葉も理解していないだろう。それでも、小さく首を横に振ったような気がした。

「もしかして迷い込んでしまった?」

 黒猫は小さく頷いた。

 餌を食べさせたせいか、警戒は随分と緩んでいた。私が頭を撫ぜても嫌がらなくなっていた。

 餌を入れていたトレイが空いたので、良く洗って水を入れてやる。古参の三匹はすぐに飲み始めた。黒猫はトレイに近付かない。もしかしたら、三匹のトラ猫たちと揉めたのかもしれない。水道から直接掌に水を汲み、黒猫の方に差し出してみた。黒猫が掌の水を舐める。少しくすぐったいけれど、小さな舌がかわいいから我慢した。

 水はすぐに無くなったので、もう一度水道を汲んだ。何度か繰り返すと満足したようで、また姿勢よく座った。

「ミャー」

 黒猫が鳴いた。

 めまいがして倒れそうになり、目を閉じて耐えていた。

「これでようやく帰れそうだ。腹が減って死にそうだった」

 近くで男性の声がする。辺りには誰もいなかったはずだ。なぜ、男の人の声が聞こえるの?

 

 めまいが治まり、目を開けてみると、風景が変わっていた。

 屋外にいたはずが屋内になっている。とても大学内とは思えない豪華な内装だった。

「ここはどこ?」

「ここは俺の国、ラグレーン」

 声がした方を振り返ってみると、そこには黒髪で緑の目の男性がいた。随分と整った顔立ちをしている。今まで会ったこともない男性だった。

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