黄色いボタン

始まり~の続きでない、いつかどこかでの小話。




 ぶつんと、通信が途切れるような音が鳴り、次いで浮島の靴に音の主がぶつかった。しかしあまりにも軽い衝撃だった為に彼は気付かず、代わりに乾へ冷たい視線を向ける。音の正体に予想が付いているのであった。

「またボタン取りましたね、乾」

「いやァ、最強を証明したくて」

 くだらない言い訳を返す乾に呆れた溜め息を溢す。彼女の手の中には、着替える前の服があった。浮島の指摘通り、ボタン糸しか残っていない部分がある。上からみっつめ。

「犬型亜人として何年生きてきたんですか? もうちょっと柔らかいものへの扱いに慣れてくださいよ」

「何年目だったかなぁ~三年くらい? 覚えてないや」

 再度、浮島は息を吐いた。今度は露骨に盛大に。

 乾は申し訳なさとどうでもよい気持ちを同居させながら、みっともなくなってしまった服を振り回して遊んだ。畳もうとしたところで、自分の爪が引っ掛かってしまったのだ。魔物の体を切り裂いてゆく感覚と少し似ていると思ったが、言えば綺麗好きの浮島が露骨に嫌な顔をするのは分かり切っていたので、余計な口は叩かない。

 真面目そうな適当変人。乾が浮島のことを説明するとしたら、そう話す。口調こそ丁寧なものの、面倒になったらすぐ辞める。そして配慮知らずで、時々とんでもなく失礼な発言が飛びだしてくることもある。効率性を重視する癖に、憧れているからと剣を振るって戦う。乾は魔法を使うことに慣れていないため推測しか出来ないが、鳥型亜人用でない剣を使い続けるのは相当困難であろう。なにせ剣を持つ間、ずっと自分の手の中に剣を置くという魔法を使い続けなければならないのだから。

「そんな難しいものでもありませんよ。ウチの種族が魔法に優れているのもありますけど」

 先程の疑問をそのまま乾が尋ねると、浮島は冷静に答えた。乾にずいと近付き、彼女の持っていた服を手にする。――ように乾には見えたが、これも魔法を行使した結果である。鳥型亜人の手では、どうやっても何かを掴むことが出来ないからだ。

「魔法はイメージ力とよく言われますね」

「えっ、違うの?」

「いいえ、正しいですよ」

 なんだよと脱力する乾の横を裁縫箱が飛んでいく。いつの間に魔法を使ったのか。浮島はそれが置かれていた棚に目を向ける事すらしていなかった。そう驚く乾の思考を見透かして、浮島は涼しげに鼻を鳴らす。パチンと箱が開け、糸と針を浮かしながら言葉を続けた。

「それを継続したいのならば、次に必要なものは慣れです。反復すれば体が使い方を覚えます。使い慣れない魔法を使い続けるよりよっぽど楽ですよ」

 話しながら服を投げ、宙に漂わせる。残った簿谷とをシャツから外し、糸を通した針を刺していく。手の空いている浮島本人は落ちたボタンを探そうと床を見渡した。しかし自分の足元にあるそれを見付けられず、彼女を一瞥してから椅子に戻る。まァ別のボタンでもいいかあという安直且つ適当な考えであった。そんな彼の内心に気付かず、乾は近くに寄って仕事ぶりを眺めようとする。

 その時、ふわりと目の前で黄色いボタンが浮いたのだった。箱から出てきた、直視すると刺激を与えてきそうな蛍光色。

「もしかして、これ使うの?」

「ええ。どうせ見てくれを気にしないでしょう、乾」

 事もなげに返した浮島の言葉に、文句を言おうとしていた気分はあっさり刈り取られていった。確かにその通りなのである。

乾はひとつ頷いて、机を椅子代わりに腰を下ろした。浮島の魔法によって動かされている服や糸の立てる微かな音が耳に届く。心臓のうごく安心感と似ている気がする、と乾は柄でもなくあたたかい息を吐いた。視界の隅では、丸い黄色が、びかびかと輝いている。

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