AH,AH,AH!本編以外
@mate729
始まりのまえ、××の話
突然だが俺は人間以外の種族が大嫌いだ。この思いは常日頃から抱えており、日を乗り切るための原動力でもある。この世界において人間は必要とされない劣等民族なのだ。そんな地位に甘んじてしまったのは、ひとえに俺たちでは叶わない絶対的な力を持った種族が居る為だ。
奴らは亜人、と呼ばれている。
亜人の持つ絶対的な力、すなわち異災――奴らは魔法と称している――は人間にはどうやっても使う事が出来なかった。
例え頭の回るヤツでも捻じ伏せられ、痛めつけられる。下手すりゃ奴らに従って知恵を使う操り人形にさせられるコトだってある。この“世界”――ニエンにおいて、俺たち人間は、どうしようもなく無力だ。
けど、それでも、いつかは人間が穏やかに暮らせる場所を作るんだ。その為には今いくら蔑まれようと、嘲笑われようと、ゴミのように扱われても我慢出来る。こびへつらうことだってしてやらあ。ああそうさ、なんだって、
「ホラ、剣を取れよ、マウス」
何だってしてや、
「早くしろよなァ」「やっぱりズェイイ使った方が良かったんじゃねえか?」「バカ! それじゃあ面白くねえだろ?」
なんだって、
「――――おにいちゃん」
何だってしたかったのにクソ世界がそれを許さないんだ。
目を覚ましてしまった。途端に肌に触れるざらついた布団が心地悪い。悪寒がして小さくえづいた。朝は等しくやってくる。
身支度と言えば聞こえはいいが。衣服を替え携帯食料を胃の鍋に放り込んで今日向かう場所を確認するだけだ。投げ込まれた食いづらいそれは、煮るには大きすぎる器の中でコロコロ揺れる。いつも通り、僅かな時間をかけるだけで終わった。重い息を吐いて、寝床を後にする。財産など腰に着けた皮のポーチにある数枚の銀貨だけだから、盗みに入るやつも居ない。
出て気付いたが、自分の向かいにあるテントが消え失せていた。マウス監督所の奴らの仕業だろうが、胸クソ悪い。仕事が早すぎても不評を買うだろうに。そう思って、すぐに打ち消した。人間はほとんど無価値だ。俺達に関わることで、評価など存在しない。
村に出ると道は影だらけだった。この村――更に言えばニエンに住む生命体の七割が奴ら、亜人であるから、当然なのだが。
亜人の特徴は二つ挙げられる。まず、理性を持つこと。理性を持たないものは魔物と呼ばれ全生命体の二割を占める。自分と同じ姿の敵を、亜人は躊躇いなく殺していく。そこに抵抗はないのだろう。次に、先程も述べた通り魔法を使えることだ。
ある時は火を操り、ある時は傷や病を癒し、ある時は人間を洗脳する。その適正が無い、という人間からしてみればそれは嫌悪すべき対象であり、密やかに異災と呼んでいる。力を持たない人間は彼らに隷属して命を食い繋ぐしかないのだ。俺はそれが腹立たしいくらい悲しい。夢の実現は遥か、先だ。
今日の労働先は料理店の厨房だった。良かったと胸を撫で下ろす。万が一研究所から労働要請があれば、実験台にされることは必至だからだ。向かいのヤツは「そう」だったのだろうか。遠くに見える実験施設の一部を見ながら俺は店へ入った。相変わらずドアが亜人向きで、重い。木の軋む音と供に、店内にいた亜人がおもむろに俺を見た。俺を五口くらいで飲みこんでしまいそうな大きなクチバシと、青黒く光っている眼が印象深い。白い体を揺らしながら近づいて、翼を広げた。
「お前が今日のマウスか。他は?」
亜人は、「自分たちに手も足も出ない、口しか出せない存在である」と、人間のことをマウスと呼ぶ。そう呼ばれる度に腸が煮えくり返るような思いをして、夢を思い出しぐっと堪える。
「会ってないな。そのうち来るんじゃないか?」
「チ、面倒くせえな。まーいい。オラ、お前とっとと厨房に入れ。掃除済んだらメニューの説明すっから」
「分かった」
ヒュウと細い息を吐きつくして、示された中へ入る。人間を雇う程度に質の高くない飯処であるが、厨房は思いのほか綺麗に片付いていた。床掃除を重点的に行えばいいようだ。単純な作業は頭を使わなくていいから安心する。用具を持ち出し床を拭く。亜人は殆どが人よりも大きい体躯のため、扉を始めとした机・椅子・料理、どれでも奴らに合わせたサイズになっている。おかげで何をするにも時間と体力を消費してしまう。早く相方(もしや複数?)が来ないかとひたすら願いながら腕を動かした。
店の開店時間になるといよいよ忙しくなってきやがった。亜人の喧しい声は何においても不快にしか感じない。それを少しでも顔に出せばバラバラにされて残飯と共に捨てられることだろう。口を真一文字に結んで、業務を行う。奴らの主食である野菜を洗い、適当な形に切っていく。ドレッシングも何も無いが、これを美味いうまいと咀嚼するらしい。
らしい、と言うのは俺が奴らの食事風景をまじまじと眺めたことが無いからだ。仲間からの伝聞である。どうにも、何時からか、俺は亜人が何かを食べるという行為を少しでも目撃すると、吐き気がこみ上げてしまうのだった。歯をもって食材をすり潰す。その行為が、いつか凄まじい嫌悪感を呼び起こす。亜人のことは大嫌いの上に大嫌いを重ねても足りない程度には大嫌いだが、吐き気が込み上げる程の悪寒、となると首を傾げてしまう。何が原因だろうか、検討も付かないし、亜人の奴らを考えるだけで気分は損なわれるので、その理由を追及した事はなかった。
最初はある程度切り揃えられていた野菜だったが、やがて混み始めるとそれも儘ならなくなる。力で強引に切られたそれらだが、しかし文句を言われた経験は無い。見た目には拘らない輩が多いようだった。要は早さと量なのだ。腹が満たせれば不満は出ない。亜人が粗暴な奴だらけなのも頷ける。
「マウス、てめぇ止まってんじゃねーぞ! 本当に口だけしかだせねぇ状態にされてーのか!」
厨房に入った瞬間怒声を浴びせて来たクソ野郎を一瞥して、黙って仕事に戻る。手は動かしていたが、追い付かなくなって来たのだ。急げという意味なのだろうが、言い方に腹が立って仕方ない。その嫌悪感と反して、いつの間にか体は震えている。血の気が引いていく感覚。恐ろしい。おそろしい、と、思ってしまう。
「……クソぉ」
誰の耳にも届かないように小さく、吐き出した。
中々どうして上手くいかないもので、結局その日は一人で働いていた。近いうちに村の名物であるソエリオと呼ばれる祭りが始まるので、客が増えた癖に調理や皿洗いは俺一人が担当だった所為でてんてこ舞い。何度も店主にどなられる始末。余裕を持って人を雇っておけという話だ。クソ、と悪態を吐きながら帰路に着く。身を粉にして働いても銀貨一枚と少しの銅貨にしかならないし、食費ですぐに消えていく。残った砂粒のような貨幣を必死に貯めているのだ。現状は血反吐吐くほど苦しいが、それでも生きてゆく。夢の為に。
住処、と言う名の人間収容スペース(奴らはヒャゴと呼ぶ)に戻る直前、村の入り口にゆらりと蠢く影がひとつ。目を凝らして眺めてみる。この距離であの大きさに見えるのならば亜人だろう。まだ夜更けと言うには早いが、泥酔状態になったのだろうか。下手に絡まれても面倒なので一定距離を保って外に出ようとし――何気なく一瞥して気が付いた。目に光が、無い。……魔物だ!
硬直しそうになる体を鞭打って走り出す。普段なら魔物狩りを専門とした亜人が村に入る前に仕留めている場合が多いから、油断していた、油断していた!! どこに逃げ込めばいいか、どこへ。乱れた思考は最適解を導いてくれない。
目の前で反応した所為で魔物は俺の存在に気が付いちまったようで、唸り声を上げて襲い掛かってきた。獰猛な視線はしっかりと俺を捉えて剥き出しの牙で噛みつこうとしてくる。理性がない奴らは効率が悪い。攻撃においても異災を使うことはないし、強靭な手足を繰り出すことも無い。亜人にとっては背後から襲い掛かられなけりゃ動く的であるが、人間にとっては一度邂逅すれば、よほど運の無い限り迫って来る絶望の象徴だ。
涙が出てきた。死にたくない。ひたすら走る。息が切れても走り続ける。今までのいのちの歴史をなくしたくない。泥にまみれて苦しくてつらくって、でも、命を絶ちたくないと思うような、ささやかな希望もあったんだ。
――――人間と魔物は平均して二回りほど大きい体躯を持ち、今回も、例に漏れず。
ばきんと無慈悲な音が周辺に響いた。
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