第3話 秋
母が倒れたという知らせが届いたのは、秋が深まりだしたある日のことだった。
僕は会社を休んで、田舎へと飛んで帰った。
「大袈裟なのよ」
病院のベッドの上に居る母親はそう言って笑顔で僕を迎えた。
僕が病室につくなり、最近、仕事はうまくいっているのか、とか、まだ結婚する気はないのか、とか、母は僕の近況ばかりをやたらと尋ねた。僕は大丈夫と言いながら、笑顔で接した。
母が一人で話し続け、僕が相槌を打つ。それは僕たち親子のいつものあり方だった。だから、そうした。そうしなきゃいけないと、きっと母も思ったんだ。母はいつもの笑顔を浮かべて、話をし続けた。
だけれど、一度も母がベッドから身を起こすことはなかった。
「でも、あんたのお嫁さんくらいは見てみたかったねえ」
母はそんな言葉をぽつりとこぼした。
それはいつも元気で明るい母が呟いた言葉とは思えないほど、弱弱しい言葉。
僕は何も言えなくなってしまった。
すぐに戻ってくる、そう告げて、僕は自分の部屋へと急いだ。
次の日、僕は再び母の病室を訪れた。
「あんた、本当にお嫁さんが居たのかい……」
母は僕の隣に立つ人物を見て、目を丸くしていた。
「始めまして、お母様。ステラと申します」
そう言って、ステラは折り目正しく頭を下げた。
僕は母とステラを会わせたいと思ったのだ。僕はステラを確かに愛していたけれど、彼女とは文字通り生きる世界が違った。だから、僕たちの関係は二人だけの秘密のものだった。僕は母親にすら、自分の妻を紹介していなかったのだ。
ステラの言葉を聞いた母は目を細めて呟いた。
「こんなに若くて綺麗な人はユキマサには、もったいないねえ……」
母はまるで神様に出会ったかのような表情でステラを拝んだ。
それから、三人で話をした。異世界のことは話す訳にはいかなかったから、ステラは遠い外国の育ちであるということにした。二人の出会いや馴れ初めも、それとなくぼかして伝えた。
「そうかい……そうかい……」
母は僕たちの言葉の一つ一つを噛み締めるようにゆっくりと頷いていた。
母は僕とステラの手を取って言った。
「どうか、ユキマサを頼みます……」
そう呟く母の声はかすれて震えた。
「はい……はい……」
母の言葉にステラは何度も何度も頷いた。
僕はそんな光景を見て、心の中でひとり、涙を流した。
母はその日の夜に死んだ。
母の死の始末をつける間、ステラはずっと僕の隣に居てくれた。彼女がいなければ、僕は悲しみの波に飲まれ、この世界から消えてしまっていただろう。
僕は僕がこの世界から居なくなる最後の瞬間までステラの側に居ようと決めた。
僕は残りの人生を彼女に捧げようと決意したのだった。
冷たい雪が窓の向こうにちらついた。
いつしか、遠い異世界にも冬が訪れようとしていた。
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