第五章 第4話

 帝都の大通りを突き抜けると、僕らの前には長い階段が目に入る。

 その先に聳え立つ、大陸随一の城アルアン。

 ここも瘴気の影響で、衛兵たちはただ虚空を見つめるばかり。

 僕らに向かってくる気配もない。

 何か罠を仕掛けていると思ったものの、僕らはたやすく正門から城に入った。

 中に入ると、改めてその大きさに圧倒される。

「ぼさっとするな、こっちだっ」

 ボーっとしている僕に、レイGが声をかける。

 彼は何度か訪れているため、城の間取りについては知っているのだ。

「ガネットは、謁見の間にいるに違いない。いくぞっ」

 カッカッカッカッ……

 城内には、僕らの靴音だけがこだました。

 そして、複雑に入り組んだ通路と階段を突き抜けて、僕らは謁見の間へと急いだ。

 そして、一番豪華な装飾が施された扉の前に立った。

「ここか……」

 僕たちを出迎えるその扉は、天井まで届くほどの高さで、威圧感を与えてくる。

 唇を噛みしめて扉の前に立つ僕に、ロディが声をかけてきた。

「レイバー、大丈夫?」

「ああ」

 僕はそう短く返事をすると、力一杯に扉を押した。

 ギッギッギギギギギィィーーー

 重々しい金属音と共に、謁見の間の扉は開かれる。

 完全に扉が開くと、玉座には頬杖をついた兄さんが座っていた。

「やあ、ずいぶんと早かったじゃないか……」

 玉座の周りには、おそらく戦って敗れたのであろう勇者たちが、生気のない目をして転がっていた。

 中にはギルロスで顔見知りだった先輩勇者や同級生たちの姿もある。

「兄さんっ! こんなことはやめるんだ!」

 僕らが玉座に駆け寄ると、兄さんは面倒くさそうにこちらに視線を向ける。

「何だ、レイバー。久しぶりの対面だというのに、いきなりお説教かな?」

 僕を見下ろす兄さん。

 たしかに顔かたちは昔と変わらないが、長く伸ばした髪、目の周りにあるクマが彼の印象を変化させていた。

 そして、本来黒眼であった瞳は、赤く輝いている。

「その眼は……」

 僕がためらいがちに目のことを指摘すると、兄さんはフフフと短く笑った。

「これ、キレイだろぅ? エプシロンの力さ」

 そういうと彼は、前髪をフッとかき上げた。

「僕は、同じ目をした女性をギースで見たよ。アレグラさんって、兄さんの恋人なんだろ?」

「なんだ、あの女に会ったのか。哀れなヤツだったよ……」

 まるで汚いものを見るかのような目つきになる兄さんを見て、僕は思わず剣で斬りかかった。

 ガキンッ、ガガッ!

 手甲で一振りを防いだ彼は、その反動で僕を突き飛ばす。

 ぐっ、なんて力なんだ。

「レイバーっ!」

 倒れ込んだ僕をロディが抱きかかえる。

 僕はキッと、兄さんを鋭く睨みつけた。

 そして、レイGは腰に差していた双剣を抜き、僕の前に立つ。

「おやおや、誰かと思えば、いつかの領主様か。また、スライムになりたいのかい?」

「勇者ガネットっ! 貴様、エプシロンに取り込まれたのか」

 返答次第ではいつでも切りかかるといった様子で、レイGは兄さんに問いかけた。

「取り込まれる? フハハハッ」

 兄さんは傑作と言わんばかりに、高らかに笑う。

「違うよ、ちがう。いいかい? エプシロンのほうから、使ってくれって頼んできたのさ」

 そういうと、立ち上がった兄さんは手から瘴気の波動を出し、レイGを突き飛ばした。

「ぐはっ!」

「エプシロンは寂しがり屋サンでね……。僕と一緒に遊びたいんだって」

 玉座の階段を下りながら、兄さんは僕のほうに視線を向けた。

「レイバー。こんな奴らとじゃなく、兄さんと一緒に遊ぼうか? 勇者ごっこ、なんか今すぐ辞めてさ」

 僕はロディに支えられて立ち上がると、強く言い放つ。

「勇者ごっこなんかじゃないっ! どうして兄さんは変わってしまったんだよ」

「変わった? ふふ、そうだな変わってしまったんじゃないか」

 不敵な笑みを浮かべながら、兄さんはまるで他人事のように言う。

「勇者って、何かオイシイのかい? 面倒ごとばかり押しつけられて、結果が出ないと世間からはすぐに、そっぽを向かれてしまう……」

 冷静な口ぶりではあるものの、その声は怒気を含んでいた。

「そうそう、お前たちがここに来る前に、ギルロスから派遣された勇者のみなさんがやって来たよ」

 兄さんが指をパチンと鳴らすと、玉座の周りに倒れていた勇者たちが一斉に立ち上がる。

 どの人も、虚ろな目で僕らを見ていた。

 ――ざっと三十人はいるだろうか。

 これだけの人数を一度に相手にすれば、全滅は必至だ。

 僕は、そばにいるロディとレイGに耳打ちをした。

「おやおや、この期に及んで、何の相談かな? もういいだろ、勇者ごっこは……さあ、殺れっ」

 兄さんが右手を上げると、勇者たちが襲い掛かってくる。

 僕らは一斉に扉の方へと駆け出した。

「なんだい、レイバー。鬼ごっこでもするつもりかい? いいよ、付き合ってあげる」

 急いで通路に出た僕たちは、レイGの走る方向についていった。

「この先に、屋上へと続く螺旋階段がある。そこで敵を一体ずつ迎え撃つぞっ!」

 多人数を相手に少数で戦うには、狭い通路に誘い込むしかない。

 僕らは屋上を目指しつつ、襲い掛かる勇者たちを気絶させていった。

 いくら、操られているとはいえ、この人たちは敵じゃない!

 最後の一人を相手にしているところで、ちょうど屋上に出た。

「フフフ、なかなかやるじゃあないか。でも、甘いな、甘い……。邪魔だっ!」

 僕が相手にしていた最後の一人を兄さんは、手甲で殴る倒す。

 物凄い勢いで、隅のほうへと飛んでいった。

「大丈夫だよ、手加減してやったから。でも、敵に情けをかけるようで、私に勝てるのかな」

 兄さんはそう言いつつも、余裕綽々といった表情で僕を見下してくる。

「まあいい、ここまで来たご褒美だ――。とっておきを見せてやろうか」

 カッと見開いた彼の両目が激しい閃光を帯びて、輝く。

「来たれいっ、シー・ライナスっ!」

 叫び声と共に、曇天の空の雲間を割って、一匹の龍が僕らの前に姿を現わした。

「な、なんだとっ……。なぜ、シー・ライナスがここに」

 レイGは明らかに動揺していた。

「まるで、お手本のような反応をするね。結構、結構」

 兄さんはパンパンと手を鳴らす。

「でもね、あんまり怖がっちゃうと命はないよっ!」

 こちらが体勢を整える間もなく、シー・ライナスはレイGの左肩を貫いた。

 彼の鮮血が、辺りに飛び散る。

「がっ……」

「まずは、一匹」

 兄さんはまるでゴミでも処理するように、淡々と言い放つ。

「次はそちらのお嬢ちゃんかな」

 不敵な笑みを浮かべて、彼はロディの方に目をやる。

 僕はロディの前に立ち、背を向けて剣を構えた。

「ほう。どこまで勇者ごっごができるのかな、レイバーっ!」

 来るっ!

 僕はロディを抱きかかえて、シー・ライナスの攻撃をかわした。

 だが、それは兄さんの計算であったようで、クイッと右手を捻ると、すぐに軌道を変えてきた。

「うぐ、うががががががっ!」

 僕は背中に、まともにダメージを食らった。

 焦げたレザーアーマーの臭いがツンと鼻につく。

 それでも、僕はロディを抱きかかえた。

「ロ、ロディ。大丈夫か?」

「何言ってんのよ、バカ! 自分の方が大丈夫じゃないくせに……」

 ロディはそう言うと、歩み寄る兄さんの前に、杖を持って立ち塞がった。

「おやおや、泣かせるね。お嬢ちゃん一人で、一体何ができるっていうんだい?」

 両手で杖をしっかりと握る彼女を緑色のオーラが包む。

 兄さんを無視して、彼女は精霊術の詠唱を始めた。

「私を無視するとは、いい度胸。失せろっ!」

 再び、シー・ライナスが襲い掛かってくる。

 ――まずい……。ブレイバー、僕に力を与えてくれっ

 剣にはめ込まれた宝玉が、鋭い閃光を放ち、シー・ライナスにぶつかっていった。

 ギャインっ、いう声をあげて仰け反る。

 一瞬できたその隙をロディは見逃さなかった。

「欲に塗れし悪しき心を持つもの。我が蒼穹の放つ光にて――」

 彼女の頭上には、光の粒が集結する。

「集まりし光輪〈ランネル〉っ!」

 前にグローリエルが、スライム・レイGに放っていたものの、十倍はあるだろうか。

 ブレイバーの力で増幅された大きな光の輪が、シー・ライナスを捉える。

「な、バカな。これほどの使い手がいるとはっ……」

 ロディの放ったランネルは、確実に兄さんの身体を捉えていた。

「……なーんてね♪」

 兄さんは両手を突き出し、印を組んだ。

 そして、拘束していた光の輪は、瞬く間に消え去った。

「そ、そんな……」

 力を使い果たした、ロディはその場に崩れ落ちる。

 ロディを助けたくても、僕はさっきの一撃で思うように身体が動かなかった。

「わかったろう、レイバー。勇者ごっこがムダだって……」

 兄さんは僕の髪をつかんで、乱暴に仰向けにした。

 そして、馬乗りになると手甲をチラつかせながら、僕に問いかけてくる。

「レイバー。お前は賢い子だ。わかるだろ?」

 僕は兄さんの目を鋭く睨んだ。

「兄さんと一緒に世界を支配しよう――。エプシロンがいれば、何でも叶えてくれるよ」

「イヤだっ!」

「はは、この状況でまだ言うの? 勇者の力は無意味だよ」

「無意味なんかじゃないっ」

 僕は即座に、兄さんの言葉を否定した。

「一発っ……」

 鉄拳が僕の左頬をえげつないほど捉えてくる。

「がはっ!」

 どうやら、奥歯が折れたらしい。

 口の中に血の味が、どんどん広がっていく。

「聞き分けのない子だなぁ。いいから遊ぼうよ、兄さんと。勇者、勇者って……一生懸命に働いても、何も意味はないんだ」

「勇者は負けない。兄さんは負けない。エプシロンなんかに……負けはしないっ」

 二発、三発と兄さんの鉄拳が飛んでくる。

「ぐっ、がぁ……」

 僕は殴られながらも、兄さんの目を捉えて離さなかった。

「気に入らないな。どうして、そんな目でさっきから兄さんを見るんだい?」

 眼こそ笑っていないものの、兄さんはまるで幼い子どものように尋ねてくる。

「だって、兄さんは僕に言ったじゃないかっ! 勇者は充実してるって……、憧れてもらえる存在だって!」

 再び拳が飛んできたが、僕は身をよじって、それをすかさず躱した。

「今でも、僕は兄さんを尊敬している」

 兄さんの身体を跳ね飛ばすと、僕はよろめきながら立ち上がった。

「あなたがいなければ、僕は勇者になれていなかった。こんなのは、兄さんらしくないよっ。エプシロンに打ち勝つんだっ!」

 僕はそう言い放つと、体勢を立て直し、兄さんの顔面を力いっぱいに、思いっきりブン殴った。

「僕の兄さんは、絶対に負けない! ゼッタイに負けないんだよっ!!」

 僕はいつの間にか、泣いていた。

 赤い閃光が、辺りを包み込んだ――

 けたたましい響きと共に、ブレイバーとエプシロンが共鳴する。

 シー・ライナスは、苦しみ悶える奇声をあげた。


 ギャ、ギャ、ギャヒヒヒィィーーッ!

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