第五章 第3話

 ――勇者ガネットっ! 父さんを元に戻せ!

 少年の言葉が頭にこだました。

 そう、あの少年は勇気を出して僕に言ったんだ。

 弱さは、決して力が弱いってことなんかじゃない。

 力が弱くても、たしかな意志があるかどうかだ。

 本当の弱さは、意志を見失っていること。

 だから僕は大切なものを守るために、闘う!

 ダンッ、と足を踏み込んで僕は大きく一振りした。

 まるで、心の迷いを断ち切るように。

 そして、その瞬間に剣が輝きを帯びた――


「主こそ、真のイーブレイバー」

「わわわわわっ……」

 眩い光と共に、剣は熱を帯びていたけど、僕は柄を握って放さなかった。

「レイバーよ、わらわは初め、お主をランク“E”の勇者と言ったな」

「うん、試練塔で。ちょっと、あのときはショックだったよ……」

「フフフ。じゃがな、その真の意味は――エプシロン〈“E”psilon〉を封じ込める力を持ったブレイバーの担い手」

「それが、イーブレイバーよ」

 僕は、ボーっとしてしまった。

「本当に?」

「本当じゃ」

「ホントに、本当? また冗談じゃ、とか言うんでしょ?」

「ああ、もうじれったいヤツじゃのうっ! ここは普通、素直に「はい、わかりました」って受け入れるシーンじゃろっ!」

「ご、ごめんなさい」

「なんじゃ、せっかくのシーンが様にならんではないか」

 ジョブリアからはお小言を貰いつつも、僕には何だか気持ちの余裕ができていた。

「じゃあ、改めまして。はい、わかりました。イーブレイバーとして今後も精進いたします」

 僕は恭しく答えた。

 そして、堪えきれずにケラケラと笑った。


 ジョブリアから、イーブレイバーと認められて三日後。

 僕たちの元には、ブレイバーを通じてグローリエルたちから連絡が入った。

「レイバー、そっちの様子はどう?」

「グローリエルっ!」

 何だかんだで、墜落事故から話をしていなかったから、僕は何だか嬉しくなった。

「大丈夫だよ。前より、ブレイバーも使えるようになってきたし。カサンブラのエプシロンはどう?」

「今、オーシンが回収作業をしてる。ずいぶん手こずったけど、どうにか地上に引き上げられそうね。あ、ちょっとオーシンに代わるわね」

「おう、レイバー。今ちょうど、ヤツを海底から引き上げてるところだ。こっから、地上に移したら、グローリエルが精霊術で封じ込めてみる手筈だから、帝都の結界も弱まるはずだ」

「うん、わかった。僕たちは帝都に向かうよ。オーシンたちも作業がんばって」

「おうよ。任せとけっ!」

 グローリエルたちの報告を受けて、僕とロディ、レイGは帝都に向かうことになった。

「坊ちゃま、こちらのことはお任せください。どうぞ、お気をつけて」

 執事のマルメロが、あれこれと準備を整えてくれていたおかげで、明朝には出発することができた。

 道すがら、レイGは帝都までの道のりを説明する。

「カサーラントから帝都までは、通常なら三日もあれば到着するが、今は瘴気のせいで馬車が使えない。歩いていくことになるが、わりと強行軍になるぞ」

 そういえば、以前ジョブリアが言っていたっけ。

 瘴気を浴びると、働く意欲を無くすって。

 人間だけじゃなくて、動物もなのか。

 街道沿いの木々や植物までも、色褪せていて、枯れているようにしか見えない。

 ロディが道端に生えている花に触ると、水気を失っていたせいか、ボロボロと崩れ去った。

 僕らは宝玉ブレイバーのおかげで、瘴気の影響を受けずに済んでるけど、このままだと本当に世界が滅んでしまう。

「うん、急ごう。そして、一刻も早く、兄さんを止めるんだっ」


 僕らはひたすら、帝都を目指して南下した。

 そして、途中の村や街では逃げ遅れた人たちにも会った。

 彼らは全くといっていいほど、働く意欲を失っていて、誰もが地面に座ってはポカンと空を見つめるばかり。

 まさに生ける屍といった感じだった。

 ロディが心配して、井戸の近くにいた幼い姉妹に持っていたアメを口に含ませたが、彼女らは咀嚼すらしない。

「大丈夫だ。瘴気を吸っていれば、腹が減ることはない」

「え、どういうこと?」

 ロディは驚いて、レイGに尋ねる。

「井戸の中を覗いてみろ」

 言われるがまま、僕とロディは井戸の中を覗き込んだ。

 何だか虹色のキラキラとしたものが舞っている。

「黒の瘴気は、あらゆる意欲を削ぐ。その一方で、水辺から湧くこの虹色の瘴気の中にはわずかだが、栄養素が含まれているようだ」

 たしかに言われてみると、何だか甘い香りがする。

「だから、そのままにしておいても、ここにいる連中が死ぬことはない。もっとも、長期間にわたれば、身体機能が衰えて死にゆくことになるが」

「長い夢を見せられているようなものなのね……」

 ロディはそう言うと、幼い姉妹の頭に手をやった。

「我々もいくらブレイバーに守られているとはいえ、外気にさらされている状態だ。早く帝都に向かうぞ」

 僕らは、とにかく先を急いだ。

 当初は1週間ほどかかると思っていたが、かなり急いで向かったので五日で帝都に着いた。

 だが、依然として帝都には結界が張られたままの状態にある。

 僕はブレイバーを通じて、グローリエルと交信してみた。

「グローリエル、僕たちは帝都に着いたけど、まだ結界が張られたままだよ」

「……」

「あれ、グローリエル。ねえってば……」

「いくら呼んでも無駄さ」

 僕たちの前には突然、思念体が現れた。

「お仲間さんたちには、ちょっと寝てもらっているよ。それより、ずいぶん勇者らしい面構えになったな、レイバー」

 その思念体は、他でもなく兄さんだった。

 見間違うわけがない。

 僕は反射的に、剣を抜いて身構えた。

「フフフ、まぁそう焦るなよ。中でゆっくりと話そうか。なんせ、四年ぶりだからね」

 思念体が消えると共に、結界の一部に空間ができた。

 前に進もうとする僕をレイGが止める。

「ちょっと、待て。罠かもしれないぞ」

 彼の手を振り払って、まっすぐに二人を見た。

「行こう」

 僕に迷いはなかった。

 レイGとロディも大きく頷いた。

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