第四章 第7話

 一通り昼食を済ませると、ロディに操縦を交代し、僕はレイGに昼食を持っていくため倉庫のハッチへと向かった。

 ハッチから外へ出るのは一人では危険なため、命綱をオーシンに預ける。

 急ごしらえの出発だったせいか、レイGへ食事を持っていくのが地味に面倒である。

 ただ、持っていかないわけにもいかないので、僕はハッチを開けて外へ出た。

 次第に高度が下がっているとはいっても、物凄い風が吹きつける。

 グローリエルの精霊術がなければ、生身の人間がこんな高度の空に出られるはずがない。

 僕は慎重に足場をたしかめながら、レイGの頭部のほうへと近づいていく。

「お待たせ、レイG。昼食を持ってきたよ」

「遅いズら。早く口に入れてくれズら」

 そういうレイGの口に、持ってきた食事を食器ごと放り込む。

 食器は紙でできているといっても、何とも変な感じだ。

 もっとも、彼はいつもほとんど噛まずに丸呑みしているから、同じことなんだけど。

 レイGに食事を渡し、ハッチに戻ろうと立ち上がろうとすると、眼下に水柱が何本か上がっているのが見えた。

 といっても、別にもう見慣れた光景で、シー・ライナスが上げているものだ。

 初めのうちは驚いたものの、最近では誰も反応しなくなっている。

 というのも、ここまで全然といっていいほど、水柱が届かないからだ。

 もはやヒマ潰しのために、上がった水柱の高さを記録していたりする。

 んー、今日はまあまあ高さがあるほうかな。

 でも、この高さから見ると、公園の噴水程度の迫力しかない。

 もう、なんだかシー・ライナスがペットのように思えてきた。

 僕があくびをしながら、水柱をボケーっと眺めていると、急にスピーカーからロディの声が聞こえる。

「……レイバー、レイバーっ! 早く、こっちに戻って!」

 何をそんなに慌てているのだろう。

 僕が操縦席のほうを外から見ると、ガラス越しにロディが、僕の視界とは別の方角を指差している。

 ――なんだ、あれは。

 ロディが指差している方向を見て驚いた。

 たぶん、アルアン大陸と思われる方向から、雲を突き抜けるほどの高さの黒い柱が出現している。

 さっきまでは無かったはずだが、一体何があったのだろう。

 目を凝らして見てみると、あれは柱ではなく、空に向かって上昇する濁流。

 黒い物体が何なのか分からなかったが、決して縁起の良さそうなものではない。

「レイバー、あれは“瘴気”よっ! 早く、戻って!」

 えっ、瘴気?

 よく見れば、さっきは一本の柱に見えていた黒い流れは、みるみるうちに雲自体を黒く染めてきている。

 何かマズいことが起こっているのは分かる。

 僕は急いで、ハッチへ向かおうとした。

 ――その時。

 ズババババババババババッッッ!!

 物凄い勢いの水柱が僕の頭上よりも高く噴射してきた。

 水しぶきの影響で、足元が大きくグラつく。

 立ったままの姿勢では、振り落とされると咄嗟に感じた僕は、突っ伏して匍匐前進の姿勢をとった。

 外壁点検の仕事をしていたせいか、頭で考える前に身体が反応する。

 水柱はさらに、対角線上からも吹き上がってきた。

 ここを狙っているのは明らかだ。

 僕は這いつくばりながら、慎重に、そして急いでハッチへと向かう。


 オーシンの手助けを得て、どうにか船内へと戻った。

 そして、操縦席に向かい、みんなで状況の把握に努める。

「どうするよ、ここから」

 思ったままの気持ちを口にするオーシン。

 雲が真っ黒になったかと思えば、今度は激しい豪雨になっている。

 それに共鳴するかのように、シー・ライナスというか海全体から水柱が吹き上がってきた。

「まぁ、いわゆる最悪の状況ね」

 グローリエルは冷静にそう言いつつも、表情は険しい。

 宝玉ブレイバーのおかげか、外の状況ほどは船内は揺れていない。

 ただ、いつまで耐えられるかは、誰にも分からなかった。

 頼みの綱のジョブリアも、さっきから何度も交信を試みているものの、まったく通じる気配がない。

 ロディは不安そうに、僕のほうを見つめてくる。

 うーん、これはもうグローリエルの言うように最悪の事態に備えたほうがいいような気がする。

「みんな、とりあえず席に戻って、墜落に備えよう……」

 僕たちは発射のときと同じように、それぞれの席に戻ってベルトを締めた。

 このまま海に落下して、シー・ライナスの餌となるか、ギリギリでアルアン大陸に着くのが先か。

 窓の外を見ても、ずっと真っ暗なため、時間がまったく分からない。

 部屋にかかった時計を見れば、いつの間にか夜近くになっていた。

 ロディはずっと僕の腕を握っていて、かすかに震えているのが分かる。

「見えたズら! アルアンっ」

 スピーカーからレイGの明るい声が聞こえてくる。

 やった!

 僕らがその知らせに喜んだのは言うまでもない。

 と同時に、これまでとは比べ物にならない衝撃が僕たちを襲う。

 あきらかに、船外で何かがぶつかった音がした。

「キャッ!」

 思わず短い叫び声をあげるロディ。

 僕は彼女を抱きしめた。

 そして、外のレイGと話すために操縦席に壁伝いで向かった。

「レイGっ! 何があった!」

 僕は大声でそう叫んだが、レイGからの応答はない。

 ガクンと船体が右に傾くと、体感的にもコントロールを失っているのが分かる。

 一体、これからどうなるんだろう……。

 僕らには、運命に身を委ねることしかできなかった。

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