第四章 第6話

「おう、二人とも早かったじゃねえか」

 山頂ではオーシンたちが、“レイGの凧船”の最終調整をしていた。

「どう、うまくいきそう?」

 僕は彼に尋ねながら、周りの様子を見渡した。

 街の人や軍の人がせわしなく作業をしている。

「グローリエル、久しぶりじゃないかっ!」

 中年を過ぎた軍人が、僕たちのほうに歩み寄ってきた。

「あら、ノエルじゃない! お久しぶりっ。急なお願いをして、ごめんなさいね」

 グローリエルは、ノエルという軍人にペコリと頭を下げた。

「いやいや、なんの。昔、散々世話になったからな。恩返しだよ、恩返し」

 そういえば、さっき発射砲台で働いていたって言ってたっけ。

 彼女の顔の広さに改めて、僕は感心した。

「い、痛ててっ。コラ、お子様たち、あんまり引っ張るなズらっ……」

 山頂の広場では、レイGが文字通り“凧”にされていた。

 街の子どもたちから、無理くり引っ張られて引き延ばされている。

「レイGって、こんなに伸びるんだ」

 僕はお勤め中のレイGに話しかけた。

「ぬ、レイバー。そういえば、まだパフェを奢ってもらってないズら」

 そうだ、アレグラと戦っているときに、そんな約束をしたっけ。

「あ、ゴメン。大陸に着いたら、いっぱい食べさせてあげるよ」

「本当ズらね? 約束したズらよ。痛っ、いたたたたたっ……。だから、お子様たち強く引っ張るなズら」

 そうしたレイGの様子を見届けながら、僕は傍らで作業をしているロディに問いかけた。

「ロディは、部屋の整備?」

「あ、レイバー。ちょうどいいところに来た。ちょっと、これ持って」

 そういうやいなや、僕にドサドサっと布の束を渡した。

「布? これ一体、何に使うの?」

「部屋の飾りだよ、飾り。大陸に着くまで、何日かかるか分からないから」

 ああ、つまり快適なお部屋空間というヤツだ。

 女子の趣味に文句を言うとロクなことにならないから、僕は黙って作業を手伝った。

 そして、お昼過ぎ――

 すべての作業が終わって、レイGの凧船は完成した。


 完成してみると、かなりの大きさだ。

 ゆうと、大人十人くらいは乗れるだろう。

 凧とは言っても、完成したものは丸い大きな風船のようなものだった。

 巨大なレイGの凧船には、裏側に扉がつけられている。

 どうやらここから、中に入るようだ。

 僕たちはノエルに促されるまま乗り込むと、飛び立つ瞬間を待った。

「……あー、あー聞こえるか。船内諸君」

 室内に取り付けられたスピーカーから、ノエルの声が聞こえる。

「これから、キミたちをアルアン大陸カサ―ラント地方に向けて、発射する。全員、席に着いて」

 僕たちは席に着くと、備え付けのベルトを巻いた。

「発射時は相当揺れるから、頭を下げてしっかりと掴まっておくように」

 僕は席の傍らにあるバーをしっかりと握った。

「発射の準備はできている。レイバー、キミの脇にある青いボタンが点火ボタンだ。好きなタイミングで押してくれ」

 とうとう、ノーゼルアンを離れ、アルアン大陸へと向かう僕ら。

 みんなの顔を見ると、「さあ、行こう」という表情をしていた。

 隣の席のロディは、ちょっと不安なのか僕の左手を握っている。

 僕は右手で、青い発射ボタンを押した。

 十、九、八、七……

 とカウントダウンが鳴り響く。

 待ってろ兄さん、そしてシー・ライナス。

 六、五、四、三……

「さあ、行こう。アルアンに!」

 けたたましい爆音と共に、僕らは大空へと飛び立った。


 ギース山から飛び立って、四日が過ぎた。

 飛行は順調で、特に目立った出来事もない。

 ちょっと、ここのところ色々とあり過ぎて、考え事ができていなかったので僕にとってはよかった。

 みんなにとっても、束の間の休息となっているようだ。

 各々が自分なりの過ごし方をしている。

 初めは風船状に見えた凧船も、最大高度まで辿り着くと、そこから形態を変えて、滑空している。

 ちょうど風呂敷の包みをほどいたような感じで、大きなマント状のレイGの上で、僕たちは過ごしていた。

 船の航行は交代で、操縦席に着いた。

 今は僕が凧船を操縦しているのだけど、外のレイGとはスピーカー越しに会話をしている。

「レイG、調子どう?」

「どうもこうもないズら。一体、いつまで海を渡るズら」

「もう半日もあれば、大陸が見えてくるはずだよ」

「ふあああぁ……。いいかげん、この景色も飽きてきたズらよ」

 レイGの愚痴を適当に聞き流しながら、僕は操縦席から外の景色を眺めていた。

 トントントンと、操縦席のドアが鳴る。

 扉が開くと、ロディが昼食を持ってきてくれた。

「あ、もうこんな時間か」

「なんか、みんなのんびりしてるわね」

 そういうと彼女は、僕にプレートを渡す。

「アルアン大陸って、一体どんなところかな」

 僕はフォークで、ソーセージを突き刺しながら質問した。

「そうねぇ、今はどうか分からないけど、母さんから聞いた話だと、ノーゼルアンよりも栄えているって」

「それは、店が多いってこと?」

「それもあるけど、色んな種族が住んでいるから、自ずとモノや情報の行き来が多いみたい」

「たしかに、レイGはスライムだけど、大使だったりするもんな」

「聞こえているズら。何、自分たちだけメシを食っているズら」

 スピーカーをうっかり切り忘れていたせいか、レイGには丸聞こえだったようだ。

「ごめん、ゴメン。これ食べたら、すぐにそっちに持っていくから。ところで、レイGはアルアン出身なの?」

「愚問ズら。オラの親の親のそのまた親の親から、アルアンなんだズら」

 親といっても、雌雄同体のスライムに親という定義があるのか微妙だが。

 僕はそこには突っ込まずに、続けて聞いてみた。

「ねえ、レイGから見たアルアンって、どんなところ?」

「メシが旨いとこズら」

「他は?」

「ないズら」

 彼にこんなことを聞いた僕が、バカだったと思う。

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