第四章 第5話

 何はともあれ、一件落着となったのだが、その後の事後処理が大変だった。

 発射砲の破壊、それに伴う火災。

 住宅や店舗の損害。

 大勢の負傷者。

 幸い死者こそいなかったものの、教官から聞かされた損害額に、僕はひっくり返りそうになる。

「二〇億セネカっ!」

「ああ、もう一生働いても返すのはムリね」

「ちょっと、なに他人事みたいに言ってるんですかっ!」

 教官はフフンと鼻を鳴らすと、グイッと僕に顔を近づけて睨んだ。

「そりゃあ、他人事よ。いい? この二〇億セネカのほとんどの損害を出したのは、あなた自身なのよ」

 そう言うと、教官は僕の鼻の頭を指で押した。

 面と向かって言われれば、たしかに返す言葉もない。

 もう少し、ブレイバーの力を抑えればよかった。

 周りのオーシンやレイGを見つめても、目を合わせてくれない。

 見かねたロディが、言葉をかけてくる。

「とりあえず、起こっちゃったことは仕方がないじゃない。それよりも、ブレイバーの力の抑え方を知らないと、これからも大変よ。ジョブリアに連絡を取ってみたら?」

 そうだ、一番悪いのは僕だけど、次に悪いのはジョブリアだ。

 僕は、少しムッとした感じで、胸のペンダントを握り締めた。

「だっははあーーいっ!」

 いきなり、やけに明るい声が響いた。

「なんじゃレイバーか。して、恋の悩みか?」

「“だっははあーーい”、じゃないっ! どうして、もっとブレイバーの使い方を教えてくれなかったんだよっ」

 僕は腹立ちまぎれに、起こったことを全部話した。

「はははははははっ、二〇億! これはまた、ずいぶんと壊したのお」

「笑い事じゃないよ。このままだと、大陸に渡れないよ。刑務所行きだって、僕……」

「なんじゃ、そのことなら気にするな。いったん、ギルロスが肩代わりしてくれるであろう。のう、グローリエル」

 えっ、そうなのか。

 僕が微かな希望を見出して、教官を見ると、彼女の表情は曇っていた。

「ジョブリア様、それは“勇者損害保険”のことをおっしゃっているのでしょう?」

「そうじゃ、その保険じゃ。いったん、それで支払ってやれい」

「ですが、レイバーはランク“E”の言わば、勇者不適格者。保険の適用外かと」

 ガーン、そうだった。

 旅に出てからあまり気にしてなかったが、僕のランクは“E”だった。

「なんじゃ、細かいことにうるさいのう」

「お言葉ですが、ジョブリア様。レイバーのランクをお決めになったのは、あなた様自身では……」

 ジョブリアは痛いところを突かれて、「ウッ」と唸った。

 一同が重苦しい雰囲気になっていると、ロディが口を開いた。

「あの、グローリエル教官。じゃあ、レイバーじゃなくて私が壊したってことにすればどうでしょうか?」

 教官は、少し考えて納得したように答えた。

「まぁ、たしかにロディならランク“B”だから、十分に満たすわね」

 そこまで話すとロディと教官が、僕の方を見つめてくる。

「い、いや。それだと、一生ロディと……」

 僕がごにょごにょ言おうとすると、オーシンが豪快に笑って、僕の背中をバシバシ叩く。

「ガハハハハハハッ、こいつぁ一本取られたなレイバー。もう、腹を決めやがれ。これから一生、ロディの尻に敷かれる覚悟をなっ」


 僕は二〇億セネカの借金と引き換えに、ロディの尻に敷かれることになった。

 仕方ない――、いやロディがどうとかと言うわけではなくて、なんかスゴく一瞬で人生を決められた気がする。

 ジョブリアが言うには、真の勇者になって世界を救えば、二〇億ぐらい国から出るだろうと。

 そうだ、もう僕には勇者になるしか道がない。

 それも真の勇者に、だ。

 そして、自由を得るんだ。

 あ、あと兄さんも請求しよう。

 元はと言えば、兄さんが悪いような気がしてきた――。

 お金の問題がとりあえず片づくと、僕らは大陸に渡る準備を始めた。

 まずは、ブレイバーは強力な力だけど、そのままだとまた同じようなことが起こる。

 なので、ジョブリアが紹介してくれた象嵌細工の職人の元にいき、各自の武器に埋め込んでもらうことにした。

 こうすることで、力のコントロールがうまくいくようになるらしい。

 あとは鍛錬あるのみ、だそうだが。

 僕は剣、ロディは杖、レイGはおでこ、教官はイヤリングが飽きたのかブレスレットにそれぞれ埋め込んでもらった。

 オーシンは、ブレイバーが使えないので、大型のハンマーに武器を新調していた。

 それから、肝心の大陸へ渡る方法。

 飛水艇の発射砲は、修復までに二年はかかるそうで、当然待つことはできない。

 かと言って、そのまま飛水艇で海に出れば、シー・ライナスの餌食になって、当然即死。

 で、みんなで考えた結果――レイGの能力を使うことになった。

 レイGはスライム属だから、形状が変幻自在だ。

 僕らは、それを“凧船〈たこぶね〉”と名付けた。

 ギース付近で最も高い山から、凧状になったレイGに乗って滑空し、そのままアルアン大陸に入る。

 ノーゼルアン群島で一番高い山は、ケプロ山なのだか、大陸からは遠い。

 なので、大陸にもっとも近いギース山付近から、滑空することに決まった。

 レイGには体感温度がないから、上空でもきっと耐えられるだろう。

 後はひたすら、天気が良く、風向きが大陸よりの日が訪れるのを待った。

 そして、数日が過ぎて絶好の日和が訪れた。

 この日のために、ギース発射砲台の軍人たちや街の人たちが滑空装置を作るのに協力してくれた。

 僕らは一路、滑空する場所のギース山頂へと向かっている。

 といっても、ロディとレイG、オーシンは準備のために先に山頂に行ったのだが。

 なので、今は教官と二人きりだ。

 山に登る途中で、僕は教官に気になっていたことを尋ねてみた。

「そういえば、教官。バタバタしてて、聞けなかったんですが……」

「ん、なあに?」

 グローリエル教官は、小首をかしげながら返事をした。

「そもそも、何で教官がギースに来てるんですか?」

「あー、そういえばそうね。何の連絡もナシに来ちゃったから驚いているのね。んー、あれよ。ちょっとギルロス以外の世界も見たくなっちゃって」

 教官はそう言うと、大きく背伸びをした。

「もしかして、僕のために来てくれたとかではないですか。僕、卒験の成績悪かったから……」

 もし、そうだとしたら、何だか悪い気がした。

 フフフッ、と教官は笑うと僕の額を軽く小突く。

「なあに、ちょっと世間に出たら、急に色気づいちゃって。あと、もう教官じゃないから、グローリエルでいいわ」

 教官もとい、グローリエルは僕の質問に答えなかったが、何だか嬉しそうだ。

 ギルロスを辞めて、何か肩の荷が下りたのかもしれない。

「えーっ、ギルロス辞めちゃったんですかっ!」

「あなたは教官時代の私しかしらないだろうけど、こう見えても色んな仕事に就いてきてるのよ」

 たしかにハーフエルフの寿命は、僕らよりも長い。

 だから、僕の知らない面をいくつも持っていても、何ら不思議ではなかった。

「考えてみれば、これまで色々な仕事をやってきたわね。派遣所の事務員、宿屋の受付、酒場のウエイター、雑貨店の品出し、薬局の調剤士のアシスタント、雑誌の編集、地図作成技師、発射砲の整備士、精霊術師、そしてギルロスの教官……。そうそう、レイバーがやってた外壁点検の仕事もやったことがあるわよ」

「え、親方のところですか?」

「うん、まぁ。厳密に言えば、先代の親方さんのときね。今の親方さんは、まだ二十歳ぐらいのときだったかしら」

 そうなんだ、何も一つの仕事をずーっとやることもないということか……。

 僕は勇者になることだけしか考えてこなかったけど、世の中はいろんな職業で満ち溢れている。

 ふと、気になったのでグローリエルに尋ねてみた。

「ねえ、グローリエル。働くのって、楽しい?」

 彼女は少しキョトンとした表情を見せたが、今度はケラケラと笑い出した。

「ハハハ、なあにレイバー? もう勇者を辞めたいの?」

「いや、そんなわけじゃないけど……」

「そうねえ、働くのが楽しいか、かぁ。たしかに面白いことばかりじゃないし、ツライことも多いわね。でも、自分が必要とされているって感じるのは楽しいわよ」

「充実感?」

「うーん、まぁそうね。ほら、私ってハーフエルフじゃない。子どもの頃は、それはそれはイヤでね。森に遊びに来てた人間の子たちと本当は、もっと遊びたかったんだけど……。どうして、人間に産んでくれなかったんだって、無理なことを両親にも言ったりしてたわ」

「……」

「でも、世間に出てみると、別にハーフエルフだからって誰も気にする人はいなかったわ。そりゃ、ちょっとした差別みたいなのも受けたけど、人間は人間で大変だなって思うようになったの。そう、仕事を通じてね」

 僕は何と言っていいのかわからなかった。

 グローリエルはサラッと話してはいるが、それなりに苦労はしてきたんだと思う。

 けれど、彼女はとても清々しい顔をしていた。

 あれ、てことは……。

「ねえ、一応聞いとくけどグローリエル。今の仕事って……」

 彼女は大きく頷いて、こう答えた。

「そう、あなたと同じ“勇者”よ。ちなみにランク“S”」

 ――ああ、聞かなければよかった。

 自信に満ちた彼女の表情とは対照的に、僕のハートはちょっと傷ついた。

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