第四章 第4話

「おい、いつまで寝てんだ。起きろっ!」

 馬車が止まったところをみると、どうやら発射砲についたようだ。

 外ではアレグラの高らかな演説の声が聞こえる。

「聴け、ギースの民よ。この銭鼻教に逆らいし大逆者たちをこれより、発射砲にて処刑する――」

 男はおもむろに、僕の髪を鷲掴みにし、顔を引き上げた。

 そして、僕が首元から下げているペンダント――宝玉ブレイバーに気がついたようだ。

「ガキのくせに、高そうなもん身につけやがって。どれ、貸してみ……うぎゃうぎゃぎゃぎゃああああああーーー」

 男は宝玉に触れた途端に、馬車の隅っこまで吹き飛んだ。

 一体、何が起こったのか?

 僕が状況を把握しようとしていると、ペンダントから声が聞こえた。

「レイバーよ、ちょっとは強くなったかと思ったら、こんなところで何をしてるのじゃ」

「ジョブリア!」

「いいか、よく聞け。この宝玉は、堕落した者に対して一番効果を発揮する。この宝玉を手で握りながら、そこの剣を振ってみよ」

 僕は言われるがまま、男に奪われていた剣を鞘から引き出した。

「ひ、ひいいいぃぃ。お、おれが悪かった。なぁ、この通り謝るから」

 男はさっきまでの態度とは裏腹に、土下座をして命乞いをしている。

「殺してはならぬ。といっても、今はまだ宝玉の力を抑えておるから、思いっきり振っても、なあに死にゃあせん」

 僕は右手首にペンダントを巻きながら、両手で剣を振りかざした。

 初めから男を斬る気はなかった。

 ――そう、兄さんなら殺さない

 だから、床面を試しに斬ってみた。

 えーーーーっ!

 ズゴオオオォンンンッッ!

 僕が斬っといて言うのも何だが、まったくスゴイ破壊力だ。

 床面を斬るどころか、馬車ごと真っ二つに叩き斬ってしまった。

 衝撃の反動で、僕は馬車の外に放り出された。

「よいか、レイバー。宝玉の力は、主の使い方次第で無限大。決して、力に溺れて自分一人で戦おうとしないことじゃ。宝玉を与えし者たちと連携して、この場を乗り切ってみい」

「うん、わかった。ジョブリア、サンキュー!」

「ああ、それとな。もう一人、宝玉を与え……ふはははっははは、あ、ダメ。くすぐったい、あははははははは――プツン」

 一体、何があったのだろう。

 まあ、最後何か言いかけていたけど、気にしないことにした。

 まずは、目の前のこの状況をどうにかしないと。

 僕が破壊した馬車の前に、もう一台の馬車。

 おそらく、オーシンを護送していたものだろう。

 肝心のオーシンはというと、発射砲に括り付けられようとしている。

 オーシンをまず、助けるべきか?

 いや、アイツが近い。

 僕は襲いかかってくる鷲鼻の面を被ったフードの人間たちを剣で薙ぎ払い、一目散に馬車の前へと駆け寄り、できるだけ高く飛び上がった。

 直下に見えるは、神☆レイG。

「ぎゃっ、殺されるズラ!」

 彼自身は逃げたいのだろうが、自らの体重で身動きが取れない。

 近くに寄ると分かったけど、ガス臭いのはレイGの匂いだ。

 僕はすかさず、レイGが被っていた黄金の鷲鼻の面を柄の部分で叩き割った。

 ズゴゴゴゴンッッ!!

 彼の体重を支え切れなくなった輿が、粉塵をあげて地面に崩れ落ちる。

 しばらくすると、煙が晴れ、元のレイGが現れた。

「ん、ココはどこズら? レイバーは何してるズら」

 やった、元に戻った!

 僕は思わず嬉しさのあまり、レイGに抱きついた。

「上半身裸の男に抱きつかれるなんて、気持ち悪いズら。早く、離れるズら」

 レイGは元のサイズに戻り、さっきまでしていたガス臭さも消えた。

 周りを見渡すと、狂気じみていた群衆たちも、あたりをキョロキョロと見ながらざわついている。

 よかった、みんな元に戻ったみたいだ。

 だが、辺りを見渡しても、さっきまでレイGの隣にいたアレグラの姿が見つからない。

「あ、これ」

 僕はその場に落ちていた宝玉を手にした。

「これ、お前のだろ?」

「そうズら。その石を見せてくれたら、美味いものを食わしてくれるって、グラマーな姉ちゃんから言われたズら」

 どうせ、そんなことだろうと思った。

 いつもの調子にレイGが戻って、僕はちょっとホッとした。

「それより、レイG。発射砲のオーシンを助けないと」

 場の混乱から、処刑台にオーシンを引き立てていた男たちの動きは一時止まっていたみたいだが、今にもオーシンを処刑しようとしている。

「助けてくれいぃぃーーーーっ!」

 オーシンの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 まずい、時間の猶予がない。

「レイG、説明は後だ。この宝玉を頭につけて」

 僕はそういうやいなや、無理やりレイGの額に宝玉を埋め込んだ。

「いて、痛てててててっ。何するズら、こらっ! オラにまたがるなズら」

「説明は後だって。後で、でっかいパフェ奢ってやるから。レイG、発射砲まで一気に突っ込むよっ!」

 宝玉ブレイバーの力は、本当に凄かった。

 レイGにまたがった僕は、発射砲めがけて突っ込んだが、手前で止まれずにそのまま発射砲に突っ込んでしまった。

 幸いオーシンの立っていた位置からはズレていたので、彼は跳ね飛ばさずに済んだけど。

 砲身を支えていた土台の部分を真横にぶっ壊してしまったため、砲身は豪快な金属音を立てて海の中に沈んでいった。

 また、その衝撃から火薬が爆発し、ここら一帯は火の海と化している。

「あちゃー、ちょっとやり過ぎたね。これ、後からどんだけ請求されるんだろ……。アルアン大陸にも渡れなくなっちゃったし」

 火災が起こると、群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「考えるのは、後ズら。それより、あのオッサンを助けるズらよ」

 オーシンが炎に囲まれながら、半べそでこちらに助けを求めている。

「おおい、レイバー。丸焼けになっちまうよぉぉーーー。早く、助けてくれいぃ」

 レイGに促されて、僕らはオーシンを助け出した。

 後は、ロディを探さないと。

 そう考えた瞬間、アレグラの甲高い声が場に響いた。

「そこまでよ、坊や」

 燃え盛る炎の奥から近づいてくるアレグラは、傍らのロディにナイフを突きつけていた。

「レイバー、ごめん……」

 ロディは捕まってごめんなさい、というような涙目で僕の方を見つめる。

「あらあら、お嬢ちゃんが泣くことはないのよ。これから、あの坊やが助けてくれるから」

 そう言うと、アレグラはたぶん言うであろうと思っていた古典的な要求をしてきた。

「お前らが持っている宝玉と武器を全部こっちによこしなさい」

 ロディの首筋にナイフの先があたり、ツゥーーと血が流れる。

「やめろっ! わかった、全部捨てるっ。ロディを離せ!」

 僕は手首に巻いていたペンダントと、レイGの額の宝玉を引き剥がし、剣と一緒にアレグラの方に投げ捨てた。

「あらあら、素直な子は好きよ。でもね、バカな子。大の大人が約束を守るわけがないじゃない。ふふふっ」

 アレグラは、さらにナイフの先をロディの首筋に押し付けようとする。

 どうする?

 今度は宝玉もないぞ。

 考えるんだ、俺。

 僕は少しでも気を逸らすために、質問をした。

「一体、お前は何が目的なんだっ。アレグラッ!」

 彼女は首を少し傾けながら、僕の方を見て不敵な笑みを浮かべる。

「もっと、気の利いた質問はないのかしら? 目的? そんなの決まってるじゃない、復讐よ」

「それは、この国――ノーゼルアンに対してかっ」

 今はとにかく質問をして、時間を稼がないと。

 彼女はまた、フフフッと笑う。

「ノーゼルアン? そうね、そう考えていた頃もあったわ……。けどね、坊や。私はこう見えても、ただの女。女心が分かっていないのは、兄弟揃って同じみたいね」

「お前は、一体兄さんとどんな関係があるんだ?」

 今度は、彼女の怒りに触れたようだ。

「どんな関係ですって……。トニーは、私をたぶらかして、雑巾のように捨てたのよっ!」

 彼女が手にしていたナイフは、僕をめがけて飛んできた。

 僕は、あえて避けなかった。

 右の脇腹に鋭い痛みが走る。

 事情は分からないが、兄さんが関係していることなら、避けてはいけないような気がした。

「レイバーッ!」

 ロディの悲痛な叫びがこだまする。

「本当にイライラするわね、その赤い髪。黒く澄んだ瞳……」

「アレグラ、僕の兄さんが何をしたのか知らないけど、謝るよ。ごめん」

 どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。

 アレグラは脇に抱えていたロディを突き飛ばし、僕に襲いかかってきた。

 カジノで見た右目の宝玉――激しい光を帯びていた。

「ごめん。ごめん。ゴメン……。ああ、一体その言葉をあの人の口から何度聞いたかっ!そのたびに、私の心は……私はッ!」

 アレグラは僕に馬乗りになって、一言いうたびに、顔面を殴打した。

 怒り狂ったアレグラは、もはや彼女自身も自分で何を言っているのか分からなくなっているのだろう。

 殴られながら、彼女の左目を見ると涙が見えた。

「……お前、泣いているのか」

 僕がそう言うと、アレグラは両手で僕の首を締め上げた。

 もはや、言葉にならない言葉。

 彼女の右目と左目が、複雑な心を物語っていた。

 ――ああ、この人は今でも、兄さんのことを愛してるんだ

 ギリリッと締め上げられて、僕の意識は朦朧としてきた。

 でも、朧げな意識の中で、僕は勇者って職業が何のためにあるのか分かった気がした。

 そして、その直後――アレグラの身体は真横に吹き飛んだ。

「レイバー・ガネット、しっかりなさいっ!」

 ああ、この声は教官だ。

 やばい、もう幻聴が聞こえてきてる。

 そう思っていると、ボカン! と一発、脳天に拳が飛んできた。

「痛ってえぇ……」

 殴られた拍子で、意識がハッキリしてきた。

 目の前に仁王立ちしているのは、まぎれもなくグローリエル教官だった。

 教官は僕が大丈夫そうなのを確認すると、アレグラに向かって詠唱を始める。

 さっきアレグラが真横に吹き飛んだのは、教官お得意の精霊術、集まりし光輪〈ランネル〉だ。

 縄で縛られたように、アレグラは身動きを取ることができない。

「待ってください、教官。その人は兄さんの恋人――」

 ただ、言っても無駄なのは分かっていた。

 教官が詠唱を始めて、一度として途中でやめたのを見たことがない。

「悪しき右目に蔓延る堕落の蟲よ、今ここに浄化せん――呪縛解除〈シルミー〉ッ!」

 手のひらサイズのボール状の光の玉が、宝玉を埋め込まれたアレグラの右目を捉える。

「ああああああああああっ!」

 アレグラの叫び声と共に、ガラスが砕けるような音がした。

 そう、彼女の右目の宝玉が砕け散った。

「あれは、小さいけど紛れもなく“エプシロン”よ」

 あれ、何で教官が知っているんだ。

「教官、もしかして……」

 彼女が耳にかかった髪をたくし上げると、そこには宝玉ブレイバーのイヤリングがあった。

 教官はこの場に駆けつけてきた衛兵に、アレグラを引き渡す。

 右目から血を流しながら、連行される彼女に僕は声をかけた。

「アレグラさん。何度ぶたれても、僕は謝り続けますから。そう、今度は兄さんを連れて――」

 彼女が何を思ったかは分からない。

 僕はただ、連行される彼女の後ろ姿を見つめていた。

 ――とりあえず、兄さんに会ったら、一発殴らせてもらおう

 僕の中で、何かが変わった。

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