第四章 第3話

 ―――どれくらい時が経ったのだろうか。

 目が覚めた僕が見たのは、ジメジメとした牢屋の中の光景だった。

 牢の片隅にはネズミが小さく縮こまりながら、僕の方を見つめているだけで、他には誰もいない。

「オーシンは……」

 僕は小さくつぶやきながら、鉄格子の外の廊下に目をやる。

 でも、他の牢にも誰もいない。

 僕はため息を吐くと、その場に座り込んだ。

 蒸し暑い牢では体力や気力を奪われていくのを感じる。

 暑さに耐え切れず、着ていたシャツを脱いだ。

 外部と隔絶された空間で、ただ時間だけが過ぎていく。

「水がほしい……」

 喉に渇きを感じながら、次第に意識が朦朧としてくる。

 遠くからカッカッと靴音が響いた。

 その音は僕がいる牢の前で止まった。

「あら、華奢なカラダかと思ったら、意外と引き締まっているのね♡」

 声の主はアレグラだ。

 頭からつま先まで、僕を眺める彼女は、おもむろに木製の筒を差し出す。

「こんなところにいて、喉が渇いたでしょう?」 

 僕がその筒をつかもうとすると、彼女は逆手にいじり、僕の顔に水を浴びせた。

「ふふふ、イケナイ子。誰が飲んでいいと言ったの? そんなに水が飲みたいなら、床にこぼれたのを飲むといいわ」

 アレグラをにらみつける。

 うすら笑いを浮かべながら、彼女は言葉を続ける。

「まぁ、怖いコワい。さすが兄弟なだけあって、あの人と同じ目をしている。もっと近くで―――」

 ガシャン!

 そう言うやいなや、僕の首元を強くつかみ、鉄格子越しに引き寄せる。

「うッ!」

 手に込める力を弱めないものの、どこかウットリとした表情を浮かべるアレグラ。

「真っ黒な瞳に、赤い眉。まったく、〈トニー〉とそっくりだわ」

 ―――兄さんのことを何か知っているのか

 僕が驚きに満ちた目を向けているのを見て、彼女は不敵に笑う。

「ふふふ、あの人のこと知りたいの? そうね……」

「アレグラ様、そろそろお時間です」

 彼女の話を遮るように、フードを被った人物が時間を告げる。

「あらあら、残念。坊やとお話をしている時間はもうないそうよ。でも、面白いからこの坊やも連れていこうかしら」

「アレグラ様っ!」

「まぁ、いいじゃない。この坊やの連れの男のショータイムなんだから」


 アレグラの部下に連行されながら、僕は考えた。

 薄々気づいてはいたけど、この方角は発射砲だ。

 僕とオーシンは、そこで処刑されるらしい。

 ん、何でだ?

 よく事情が呑み込めないまま、僕は格子のはめられた馬車で護送されていた。

 一体、どうやってこの状況を切り抜ける?

 僕の思考を遮るように、沿道からはレイGとアレグラの名を叫ぶ群衆の声が聞こえる。

「レイGッ、レイGッ、レイGッ!!」

「アーーレグラッ、アー―レグラッ!」

 格子越しに群衆に目をやると、みんな狂気じみた目をしていた。

 そして、何だこのガス臭さ。

 このガスのせいで、みんなおかしくなっているのか?

 いや、そんなことよりロディが心配だ。

 こんな狂気じみた街の中で、どうしているだろうか……。

 僕は身を乗り出して、格子の外を見つめた。

「ハハァン、女を探しているのか? そりゃ、童貞のまま死ぬのはさぞ辛かろうに。ふはははははっ」

 護送する黒服の男が、ゲスな言葉を浴びせてくる。

 僕は怒りに任せて、男に体当たりした。

 すると、すかさず男の膝ゲリが飛び、太ももに強い衝撃が走った。

 両手を縛られているせいか、僕はバランスを取れずに床に転がった。

「なんだぁ、このガキャ。どうせ、すぐに死ぬんだから大人しく寝とけや」

 男の吐いたツバが、僕の右の頬にかかる。

 さらに抵抗しようとも考えたが、ここで体力を使っても仕方がない。

 考えるんだ、レイバー。

 ――こんなとき、兄さんなら必ずこう言ってくるはず。

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