第四章 第2話
翌日僕は、オーシンとカジノに行くことになった。
ロディはカジノに興味が無いからと、一人で買い物に出かけていってしまった。
宿の人の話によるとレイGは珍しく、朝食も食べずにどこかに出かけたらしい。
昨日の老人の言葉がちょっと気になってはいたものの、結局はオーシンの押しの強さに負けてしまう。
昔から、そうだ。
兄さんとは全然違うんだけど、なんか大人なくせに子どものように無邪気で憎めない。
平たく言えば、放っておけない愛嬌の良さがある。
オーシンを一人だけでカジノに行かせるのは不安だから、一緒に行くことにした。
久しぶりに再会したのもあってか、オーシンはいたって機嫌が良い。
ったく、これだとどっちが大人だか分からない。
ギースの大通りをまっすぐに突き抜けていくと僕らの目の前には、黒山の人だかりが目に入った。
そして「カジノ 黄金の鷲」とデカデカと印字された看板が見える。
店の前ではカジノに入ろうとする客と、出迎える店員とでごった返していた。
「ねえ、オーシン。やっぱり、帰ろうよ。大体、僕は未成年だよ」
「大丈夫、大丈夫。バレやしねえって。ちゃちゃっと、儲けてズラかるんだからよ。今日は存分に楽しもうぜ!」
オーシンに引っ張られながら、カジノのホールへと向った。
スロット、ルーレット、ダーツなど色とりどりの電飾に彩られた台が立ち並んでいる。
場内は客たちの熱気とガヤガヤとした喧騒が渦巻いていた。
スロット台の前でボッーっとしている僕に、店員が声をかけてくる。
「あら、お兄さん。カジノは初めてぇ?♡」
胸の谷間を大胆に露出したバニーガールが、飲み物を差し出しながら尋ねてくる。
「ちょっと、やり方が分からなくて……」
「うふふ、ウブな子♡」
顔を赤らめる僕を横目で見ながら、オーシンはニヤニヤと笑っている。
すでに酒で酔っ払っているのか、輪をかけて上機嫌な表情を浮かべている。
そのとき、店内に大音量の音楽が鳴り響く。
それと同時に、客たちの歓声がこだました。
「ヒューッ!!待ってましたアレグラちゃん!」
「こっち向いてぇぇーーー!♡」
ホールに設けられたステージ台で笑顔を振りまくアレグラと呼ばれる女性。
グラマーなボディと妖艶な色気を放つ彼女に客たちの目は釘付けとなっていた。
オーシンもアレグラのファンであるのか、嬉々として声援を送っている。
僕の肩をオーシンがお構いなしに、バシバシと叩きながら、酔っ払った顔を近づけてくる。
「おい、レイバー! 見ろよ、アレグラだ。お前、ツイてんなっ」
「ちょっとオーシン、お酒くさいって。で、何でツイいるのさ?」
「アレグラが出てくる日は、当たりがデカいんだよ」
オーシンの話をさえぎるように、ステージのアレグラが言葉を続ける。
「今日は特別なゲストをご紹介します! 銭鼻教の神であらせられる“神☆レイG”様!!」
アレグラの言葉と共に音楽が鳴り、天井から吊るされたコンテナがゆっくりと降りてくる。
黄金の鷲鼻のついた仮面をつけた大きなスライムが鎮座し、脇にいる少女たちが帽子からお金をバラ撒いている。
舞い上がるお金と歓声で、ホール内は一気に狂喜に満ちた状態となった。
「レイGッ、レイGッ、レイGッ!!」
「もっと、もっとこっちに金をくれーっ!!」
僕は呆気にとられた表情で、その様子を見つめていた。
今コンテナから降りてくるスライムは他でもない、あのレイGだからだ。
「おい、どうしたレイバー」
呆然としている僕を心配して、オーシンが声をかけてくる。
返事をしようとしたが、レイGのマイク音に遮られる。
「もっと、もっと崇めるズら、下々の者。おらは銭鼻教が神――堕落神ニートリアが化身“神☆レイG”様ズらっ!」
いやいやいやいや、お前はただのスライムだろ?
僕は内心で一人ツッコミをしながら聞いていた。
「あくせくと働くなんて、バカのすることズら。どんなに働いても、王侯貴族に搾取されているズらよ? ここではみんな自分のために稼ぐズら。人生を楽しむズらっ!」
スタッフたちが、一斉に酒や料理をホールに運んでくる。
レイGも大きな骨付き肉を丸呑みしながら、さらに演説を続けた。
「んぐんぐ、ぷはぁーー。でぇりしゃすズら。遊ぶズら、食べるズら。遊んで騒いで、働かない。働かないのが仕事ズらーーっっ!」
客たちの歓喜と拍手喝采とは対照的に、僕はうまく状況が呑み込めずにいた。
「な、なんだぁ?? アイツ、お前の知り合いなのか」
「うん、レイGってスライムでギルロスで一緒になったんだ。とにかく、レイGを連れ戻さないと。ちょっと悪いけど、オーシンも手伝って」
僕の言葉にうなずくオーシン。
困った時には、いつも力になってくれるところは、兄さんと似ている。
壇上のレイGに近づこうとする僕らを黒服の男が腕をつかんで制止する。
「なんだよ、邪魔すんな。俺らはアイツ、レイGってスライムとちょっと話があんだ」
「アイツだと? 気安くあのお方の名を呼ぶな!」
そう言うやいなや、黒服の男のケリがオーシンの脇腹をとらえる。
テーブルまで吹っ飛ぶオーシンは、ド派手な音を立てて、したたかに身体を打ちつけた。テーブルの食べ物が床に散乱する。
やり返そうとするオーシンの動きを制するように、壇上の階段を降りてくるレイGが黒服の男に声をかける。
「あー、いいズら、いいズら。暴力はここに似つかわしくないズらよ。その男たちはオラの知り合いズら」
レイGに頭を下げる黒服の男。
僕はオーシンを抱き抱えながら、レイGに尋ねた。
「ねぇ、レイG。これは一体、どういうこと?」
僕がそう尋ねるも、まるで何も聞こえていないかのように、床に散乱した食べ物をほおばるレイG。
でぶでぶと太ったレイGは、一昨日と比べても、5倍の大きさはあるだろうか。
鷲鼻の仮面をつけてはいるものの、それが食い込んでしまうほど、体重が増えている。床のものを食べながら、レイGが言う。
「レイG? おらはレイGじゃないズら。“神☆レイG”様ズらっ!」
「レイGは、神様じゃないよ。いいから、宿に戻ろう。明日は大陸に行くんだし」
背後からレイGを抱え上げようとしたが、重過ぎて僕の力ではどうにもならない。
レイGはそんな僕の様子に無頓着で、お構いなしに食べ続ける。
「ムダだわ」
せせら笑うように、アレグラと呼ばれる女が近づいてくる。
「その子は自分の意志でここにいるの。そう、他の連中とは違ってね」
そういうとアレグラは、僕に周りを見るように目配せをする。
先ほどの喧騒がいつの間にか静寂へと変わっていた。
客たちはみんな椅子にもたれかかったり、床の上で眠りこけている。
グオオオオオオオォォーーー
さっきまで意識のあったオーシンまでもがスゴイいびきを立てて、すっかり眠りコケてしまっている。
さっき出された酒や料理に睡眠薬が盛られていたと、今さら気づいても遅かった。
幸い僕は、何も口にしていなかったんだけど。
まるで子どもをあやすかのように、眠ったオーシンのあごを指先でなでているアレグラ。黒服の男が、僕を背後から羽交い締めにする。
「くっ、離せよ!」
「みんな良い子。こんなによく眠って。でも……」
つかつかと歩み寄るアレグラ。
顔は笑こそ浮かべてはいるものの、目が笑っていない。
――目?
彼女の右目をよく見ると、赤い宝玉のようなものが埋め込まれている。
「あなたは悪い子ね、レイバー・ガネット。しばらく、おネンネなさい♡」
アレグラはにっこりと微笑むやいなや、手に持ったステッキでレイバーのみぞおちを強打する。
薄れゆく意識の中で、僕の頭の中には、ロディのことがよぎった。
大丈夫なのか、ロディを助けないと。
「どうして、僕の名前を……」
僕はそうつぶやくと、その場に崩れ落ちた。
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