第三章 星獣と瘴気大陸アルアン
第三章 第1話
ケプロの街を出てから、三日が経った。
僕らはポルト岬へと続く、ドミニア街道を歩いていた。
――ぐきゅるるるる……
さっきから、腹の虫が鳴って仕方がない。
隣にいるロディも、空腹に耐えかねている表情を浮かべている。
レイGにいたっては、ブツブツと「食い物、食い物ズら……」とだけしか喋らなくなっている。
昨日までは、まだケンカをする元気もあったのだけど、
今は誰しも食い物のことだけしか考えていなかった。
そもそも、ケプロを出る前には親方からもらった5万セネカが手元にあったのだが、通りでぶつかってきた黒髪で短髪、無精ヒゲの中年男に全財産が入ったサイフを根こそぎ奪われてしまったのだ。
武器屋で買い物をしようとしていたときに気づいたものの、後の祭り。
男もサイフの行方も分からないまま。
ロディはいったん自分の屋敷に戻ろうと言ったが、いきなりサイフを盗られましたというのも恥ずかし過ぎる。
アンにこのことが知れたら、「私の人生お先真っ暗だあぁーー!」とか言われて、二度と旅に出れないような気がした。
だから、戻るわけにもいかなかった。
何とかなるだろうとタカを括って街を出たものの、旅慣れしていない――というか初めて旅をする僕らは、どうにも考えがズブズブ過ぎる。行けども、行けども街の影すら見えず、一体自分たちがどこを歩いているのかすら見当がつかなくなってきた。
けれども、僕は街道の途中で、「この先、橋アリ」という立札を見つけた。
橋があるということは、近くに村か町があるに違いない。
かすかな希望を見出した僕の肩をロディがトントンと叩く。
「ねぇ、レイバー。あそこに大きなケーキがあるよ……」
ロディの指差す方向を見るも、もちろんそこにはケーキなどあるはずがない。
あるのは、大きな岩だけだ。
「フフフッ、ケーキ……大きなケーキ……」
「ちょ、待てロディ。よく見ろ、あれは岩だって!」
岩のほうへと進もうとするロディを後ろから羽交い絞めにし、注意を促す。
「何で止めるのレイバー? 一緒に食べようよ……」
ダメだ、完全にコイツ、イッてやがる。
ロディを止めようと必死になっていると、すかさずレイGが反応する。
「ケーキ! 頂くズらあっっ!!」
物凄い勢いで坂道を駆け上がり、岩にかじりつく、レイG。
「ふへへへっ、美味いズら。美味いズら……」
「ちょっと、ロディもレイGも、しっかりしてよ。あそこの橋を渡れば、きっと村か町があるって」
僕はヨロヨロしながら坂道を上り、岩にかじりつくレイGを引きはがそうとする。
「橋ぃい?」
かすかに理性を取り戻したレイGが、僕に冷たくこう言い放った。
「あそこの橋、崩れ落ちてるズら」
たしかに石造りの橋は、ちょうど真ん中から崩れ落ちていた。
僕の中で、何かがパチンと弾けた。
ああ、ダメだ。
意識が朦朧としてきた。
――こんなところで、野垂れ死に……ごめん、兄さん。
こうして、新参パーティーは三日で行き倒れて全滅した。
ううん、何だか体が軽い。
「レイバー、駄目だろ。残さずしっかり、食べないと」
「だって、ニンジン嫌いだもん」
ニンジンだけを残した皿を前に、ふてくされた表情の幼い僕。
トニー兄さんは、諭すように僕に語りかけている。
「ガネット家の決まりを言ってみろ」
「……」
――嫌いなものの、価値を知れ
咄嗟に僕は口にしたが、その場の誰にも聞こえない。
そうか、これは夢か。
どおりで体が軽いはず。
手足を見ると、半透明に透けて見える。
兄さんのほうに目をやると、幼い僕をじっと見つめている。
「だって、食べたくないもんっ! キライなんだもんっ!」
席を立ち、幼少レイバーは戸口へ駆け出す。
「レイバーっ!」
兄さんの制止も聞かずに、外へと飛び出していった。
慌てて、兄さんも幼い僕を追いかけていった。
あったなぁー、こんなこと。
二人が立ち去った食卓を見つめながら、僕はしみじみ思い出に浸っていた。
別に本当にニンジンが嫌いだったわけじゃない。
少しでも兄さんを困らせて、わずかな時間でも一緒にいたかっただけだ。
そう、兄さんが勇者として村を旅立つ前日の話だっけ。
しょうがないよな、十歳だったし。
寂しかったよな。
「あっ!」
僕は思い出したように、素っ頓狂な声をあげた。
マズい、この後たしか……。
僕も慌てて、外へと向かった。
夢だからといって、自由に空を飛んだりはできないようだ。
半透明の僕は、家の裏に広がる森を走って突き進んでいた。
森の中には、ウチの菜園があった。
「兄さんなんか、キライだっ! みんな、みんなっ」
声が近い、菜園はもうそこだ。
木々を突っ切って、視界が開けると幼少の僕は菜園の野菜を手あたり次第に引っこ抜いていた。
「レイバー、お前……」
兄さんは、幼い僕の胸倉をつかむと一発平手で叩いた。
幼少レイバーは、その場に倒れ、さらにベソをかいている。
「だって、だって……」
泣きじゃくる幼い僕を兄さんはガッシリ抱きしめた。
「レイバー、こんなことをしたって何にもならないぞ」
「な、なるもん。ボク知ってる。ニンジンは8セネカ、レタスは12セネカだし、ジャガイモは6セネカ……みんな兄さんが教えてくれたんじゃないか。なのに、なのに……」
泣きじゃくりながら、幼い僕は言葉を続けた。
「どうして、兄さんはどこかに行っちゃうんだっ! 兄さんのいない食事なんてイヤだっ!!」
兄さんは優しい表情で、首元にかけているロケットペンダントを開いた。
「レイバー、これが何か分かるか?」
幼い僕は兄が見せるペンダントの写真を食い入るように覗き込んだ。
「海蛇? ドラゴン?」
兄さんは深くうなずいて、言葉を続けた。
「これはな、“シー・ライナス”っていうんだ。兄さんはなあ、レイバー。こいつを倒さないといけないんだよ」
「兄さんが一番強いから?」
何気ない幼い僕の一言に、兄さんは思わず噴き出した。
「ハハハハッ、そうさ。すんごい強い相手だから、弱い勇者じゃ負けちゃうし、こいつを倒すのが兄さんの夢なんだよ」
幼い頃は誰しも経験があるものだ。
さっきまで泣いていたかと思えば、キラキラと目を輝かせている幼い僕がいた。
「強い相手なら、しょうがないや。僕の兄さんでしか倒せないしね。でも、倒したらすぐに帰ってきてよ、約束だよっ」
兄さんは幼い僕の肩を両手でつかんで、深くうなずいた。
「さあ、レイバー。引っ込抜いた野菜を持ち帰るから、手伝って」
「うんっ! これでパイを作ろうよ、パイ」
「はは、こんだけの野菜だとスゴイ量になるぞ。食いしん坊だな、レイバー」
木陰から、僕は二人の様子をじっと見守っていた。
そうだ、考えてみればこの日、僕ら兄弟の運命は決まったんだ。
やっぱり、もっと兄さんを引き留めておくべきだったかなぁ。
兄さん……。
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