第三章 第2話
――ドスンッ!
うげっ、お……重いっ。
「いつまで、寝てるズら。オラたち助かったズらよ、むぐむぐ」
レイGの声と共に、腹部にズシリと重みを感じながら、僕は目覚めた。
目を開けると、僕のお腹にパンを頬張りながら、じっと見つめているレイGがいた。
――助かったんだ。
ホッとして、そばを見るとそこには心配そうにこちらを覗き込むロディもいた。
「ここは、一体?」
「ホビット族の集落よ。彼らが私たちを助けてくれたの」
ロディが視線を移す開いたドアの向こうには、ホビットたちが楽しそうに宴をしていた。
窓の外を見れば、空は月夜に変わっている。
「ホビットって、初めて見た。とにかく、お礼を言わないと……」
僕が起き上がろうとすると、ビールを片手に持った陽気な白髭のホビットがこちらに向かってきた。
「旦那、加減はどうだい?」
「はい、もう大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
僕は深々とお辞儀をして、感謝の気持ちを伝えようとした。
「へぇー、こりゃ驚いた! 若いのに旦那は大したもんだ」
何に一体驚いているのか、よく分からなかったが、僕は言葉を続けた。
「僕はレイバーと言います。あなたは?」
「レイバーさんかい。俺はこのケプロ・ホビット庄のニコルガだ。よろしくな」
ニコルガはそういうと、上機嫌に握手を求めてきた。
年齢は中年ぐらいだろうか。
ホビットは人間よりも、少し長生きだと聞くけど。
僕よりも頭二つ分くらい低めの身長の彼の手を握り返した。
ゴツゴツとしているものの、熱い体温が伝わってくる。
「俺は礼儀正しいヤツは好きだぜ。それに比べて、こっちのスライム野郎なんか全然礼儀がなっちゃいねえ」
ニコルガはレイGをギロリと睨むものの、当の本人はまったく意に介さない。
「礼儀がないんじゃないズら。おらのほうが年上だからズらよ」
「嘘吐けぇ。俺は今年で54だ。五十年以上も生きるスライムがいるなんざ、聞いたことがねぇ」
そう言われると、レイGはふんぞり返って、さらに威張り返す。
「ふふん、こんな田舎のホビットには分からないズら。だてにオラが、キング=レイG様と呼ばれているのが……」
――ぐきゅるるるるる
レイGでも、ニコルガでもない。
腹の音の主は、ロディだった。
「すみません……」
ロディは顔を赤らめながら、恥ずかしそうにうつむく。
あ、ちょっと今カワイイって感じたかもしれない。
僕がホッコリとした気持ちになっていると、ニコルガは豪快に笑った。
「はっはっは、腹が減ってはなんとやらだ。レイバーさんも起きたことだし、話の前にまずは腹ごしらえをしねぇとな!」
向こうの部屋で愉快そうに盛り上がっている他のホビットたちが、手招きをしている。
ロディがどうしようか、もじもじとしながら僕を見つめてくる。
「遠慮はいらねぇよ。平和と食事を何よりも大事にするのが、俺たちホビットのモットー! ささっ、こっちこっち」
僕とロディは、ニコルガに促されるままに席に着いた。
当然、食いしん坊のレイGは呼ばれてなくても、席を陣取っている。
そして、すでにガツガツと食べ始めてる。
「おっ、なんだ。このスライム野郎。すげぇ、食いっぷりだな」
卓を囲んでいるホビットたちが、驚きとも盛り上がりともとれる声をあげる。
わりとここでは、大飯食らいのほうが人気なようだ。
「さあさあ、そこの嬢ちゃんも若けえのも、どんどん食べて」
僕たちの前には、どんどん料理が並べられていく。
香草入りの肉シチュー、キノコとベーコンの盛り合わせ、表面はゴツゴツとしているものの良い香りのするパン……。
たくさんの料理を目の前にすると、僕も急に食欲が湧いてきた。
いただきますを言うやいなや、夢中になって食べる僕。
うまい、美味い、どの料理もすげぇウマい!
さすが、食にこだわりの強いホビット族の料理だけある。
「やばいよ、ロディ。この肉めっちゃウマいよ」
ローストチキンをロディに差し出すと、ちょっと嬉しそうな表情を見せ、肉を頬張る。
「あ、ありがと……まぁ、美味しい。いくらでも、食べちゃいそう」
「わっはっは、今年は豊作だったから、どんどん食べな。ウマい飯を食えば、何も心配いらねぇ。さぁ、これも食べな」
愉快そうにニコルガはそう言うと、僕たちの前に大きな皿を置いた。
僕はその大皿を見て、驚いた。
そこにあったのは、大ぶりの魚の丸焼き。
どう見ても、川や湖で釣れる代物ではない。
これは、海の魚だ。
「え、ちょ……。ニコルガさん、これをどこで?」
星獣シー・ライナスの出現が疑われるこの時期に、漁に出られるはずがない。
僕が不思議そうに、ニコルガを見ると、彼はきょとんとした表情を浮かべている。
「どこって、そりゃあ森だよ。なんせ、“木の魚(ウッド・フィッシュ)”つうぐらいだからな」
「森で魚が獲れる……海じゃないんですか?」
いくら、ホビットの集落だからといって、こんな大きな魚が森で獲れるわけがない。
が、僕が“海”という単語を口にすると、さっきまで愉快に騒いでいた一座が急に静まりかえった。
「お、おめえ何てこと口にするんだあ」
訛りのきつい一座のホビットが、驚いた表情をする。
いや、正確には驚くというよりも、恐れおののいた表情といった感じ。
「?? 今、僕何か変なこと言いました?」
状況がよく呑み込めずに、愛想笑いを浮かべる僕の周りからホビットたちが遠ざかる。
え、何? 何なのこの空気。
とロディのほうを見ると、ホビットたちと同じように驚きながら、僕のほうを指差している。
「レイバー……、ニコルガさんが」
「??」
僕は状況をよく呑み込めないまま、後ろを振り返る。
そこには、顔を真っ赤にさせたニコルガの姿があった。
僕はちょっとたじろぎながら、彼に尋ねた。
「ちょ、ちょっとニコルガさん。一体、どうしたんですか?」
「どうしたもこしたも、ねぇガ。おめえ、今“海”って言っただろ?」
「え、ハイ……いけなかったですか?」
ニコルガは二度目の“海”という単語を聞くと、今度は急にボロボロと泣き出した。
「海はよぉ、海はよぉ、オラが娘っ子が死んだ場所だで――」
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