第二章 第4話

 それから、パティが医者を呼んで、必要な処置を施した。

 シーマさんは、まだ目覚めないものの、わずかに寝息を立てているのが聞こえる。

 僕が不安そうに彼女の様子を見ていると、ロディが声をかける。

「ここで、あれこれと気にしていても仕方がないさ。とにかく、大陸に渡って何が起こっているのか、この目で見ようよ」

 ロディは意志のこもった目で、僕を見つめてくる。

「この目でって……、ロディも一緒に行くのか?」

「そりゃ、もちろん! レイバー一人に重い荷物は背負わせないさ」

「でも、ロディ。お母さんが……」

 僕がシーマさんの心配をしていると、パティが口を開く。

「私のほうからもお願いします。奥様は以前から、ロディ様に旅をさせることを望んでおりました」

 そう言うと、パティは深々とお辞儀をした。

「まいったな、まだ僕は色々と聞きたいことがあるんだけど。第一、さっきの話だと今の大陸は危険だよ」

「大丈夫だよ、レイバー。僕は自分の身くらい、自分で守れるよ」

「卒験の時に、途中で熱出したヤツがよく言うよ……。でも、大陸に行かないと兄さんの手がかりがないんじゃ、行くしかないか」

「うん、そうと決まればさっそく旅の準備するね」

 ロディは意気揚々とした様子で、部屋を出ていった。


 結局、この日は時間も遅くなっていたため、シーマさんの屋敷に泊まることになった。

 客室のベッドに横たわりながら、僕はいろいろなことを考えていた。

 兄さんはアルアン大陸にいるけど、正確な居場所は分からない。

 星獣が目覚めようとしていて、大陸は危険な瘴気で覆われつつある。

 そして、大陸に渡るにはポルト岬から、飛水艇に乗る必要がある。

 あれこれと今日聞いたことを整理してはみたものの、一体何が起こっているのか分からないままだ。

 ロディの言うように、この目でたしかめるしかないか……。

 ふと、傍らで寝息を立てているレイGを見つめる。

「こんな大飯食らいのスライム一匹と旅に出るのか」

 なんか、とっても不安だ。

 レイGは結局シーマさんが倒れてから、ずっと食堂にいてみんなが残した料理を全部平らげていた。

 たらふく食べたせいか、すでに爆睡している。

 ああっ、今考えていてもしょうがない。

 ロディもついて来るっていうし、何とかなるだろう。

 これからの旅に不安を抱えつつ、僕はいつの間にか眠っていた。


「……バー……ねえ、レイバーってば!」

「ううん、まだ寝かせてよ……」

「相変わらず、朝が弱いなお前。今日からポルト岬に向かうんだろが」

 聞きなれた声と共に、僕のみぞおちにズドンッと一撃が飛んでくる。

 うげっ、痛ってえ……。

 ロディは毎回起こしてくれるのはいいけど、ちょっと乱暴だ。

 寝ぼけまなこをこすりつつ、僕は声の主のほうを見て驚いた。

「え、誰?」

 僕の目の前に立っていたのは、まぎれもなく女の子だった。

 秀麗な眉、肩までおろした栗毛のロングヘア、ちょっとゆったりめの白のブラウス、脚のラインがよく分かる黒の細めパンツ、首周りには淡いエメラルドグリーンのスカーフを巻き、丈が短めのブラウンのジャケットを羽織っていた。

 見た目はずいぶん違うけど、栗毛の髪と透き通った青い瞳は、たしかにロディだ。

 そして、両手でロッドを振り上げて、僕に怒った表情を向けている。

 そうかコイツ、ロッドの先で僕の腹を殴ったな。

 ただ、そんなことより何で女の格好なんだ?

 胸の膨らみはあきらかに、女であることを示しているが……。

 僕が何も言わずにまじまじと見ていると、ロディは照れくさそうな様子を見せた。

「そんなにジロジロ見るな。恥ずかしいだろ」

「いや、てか説明。四年間一緒にいたけど、お前が女だって全然気づかなかったぞ」

 一瞬、マズいことを言ったようで身構えたものの、今度は申し訳なさそうな顔でロディは僕を見つめる。

「ごめん、黙ってて。でも、この家のしきたりなんだ。学校を卒業するまで、男装しろって」

「男装って……。でも、学校にいたときは、お前胸なかったぞ」

「それはグローリエル教官が、このバンクルをくれたからさ」

 そういうと、ロディは肩から掛けているポーチの中からバンクルを取り出して、僕に見せた。

「へぇ、教官がくれたってことはアレだろ、精霊術?」

 ロディは素直にコクンと頷いた。

「へえぇ、精霊術って便利だな。これで胸の出し入れができるのか。じゃあ、僕がつけたら胸が出るってことかな……。あれれ、出ないぞオッパイ。おいロディ、オッパイ出ない……」

 あ、今度はやってしまった。

 ボカンと一発、ロディの一撃が僕の脳天を直撃する。

「胸だのオッパイだの連呼するな! もともと男のお前に胸が出るわけないだろっ」

 ああ、言われてみれば、そりゃそうだ。

 ロディはひったくるように、僕の手からバンクルを取り返す。

「大体、そんなガサツだから、四年間も気付かないんだよっ! こっちはいつ気付かれるのか、怖かったんだからっ」

 ロディはそう言うと、目にウルッと涙を浮かべていた。

 そうか、コイツも大変だったんだな。

 思わず、急に可愛く思えてきた。

 自分でも不思議なことに、立ち上がってロディを前から抱きしめていた。

 ロディは急なことに、慌てた様子を見せる。

「ちょ、ちょっとレイバー。いきなり何を……」

 頭をポンポンと撫でると、ロディは顔を赤らめた。

「お前も大変だったんだな」

「レイバー……」

「ああ、でもこうやって抱きついてみると、そうでもないな」

「え、何が?」

「胸」

 その後、僕がロディからさらに一撃を食らったのは言うまでもない。

 やっぱり、前言撤回。

 ちょっと可愛くないかも。


 パティがあれこれと旅の準備をしてくれたおかげで、僕らは身の回りの支度だけで済んだ。

「おっそいズら、せっかくの料理が冷めてしまうズらよ」

 先に食堂にいたレイGが抗議の声をあげる。

 ふと、僕と一緒に入ってきたロディの格好に気付いたのか、視線が彼――もとい、彼女のほうに向けられた。

「やっぱり、女だったズらね。だから、あの泉でオラは……」

 あっーー、これ以上ロディを怒らせてはいけない。

 僕はテーブルに置いてあったカゴから、バケットをすかさず抜き取り、レイGの口に突っ込んだ。

「ふぐふぐ、むぐぐ……」

 ロディがキッとした視線を僕に向ける。

「いやいや、何でもない。何でも」

 僕は慌てて、両手を振りごまかそうとした。

「フフフ、仲のよろしいこと」

「あっ、シーマさん! もう、大丈夫なんですか?」

「昨日は突然ごめんなさいね。ちょっと気が張り詰めちゃって。まぁ、それよりも朝ごはんをいただきましょう。早くおかけになって」

 僕たちが席につくと、パティが手際よく料理の盛られた皿を運んでくる。

 カリカリに焼かれたベーコンや卵、バターの香りが漂うパンが食欲を誘う。

「いただきます!」

 朝食が美味しいのもさることながら、今日からケプロを離れ、旅に出るということに胸が高鳴ってきた。

 一通り食事を終え、準備万端だ。

 屋敷の入り口のところまで、シーマさんとパティが見送りにくる。

「まずは、ここからポルト岬のギースという港町を目指して。苦労をかけるけど、しっかり頼むわね、勇者さんっ!」

「はいっ、色々とありがとうございました」

 シーマさんは、僕の手を握って励ました。

「大陸に渡れば、たくさんのことを目にするでしょうが、自分を見失ってはいけませんよ。レイバーさんが、無事戻ってくることを祈っていますよ」

「ロディも、レイGもいますし大丈夫ですよっ! 良い報告を持って帰ります!」

 そばにいるロディは、パティからいろいろと世話を焼かれている。

「ロディ様、旅先ではおへそを出してお眠りにならないよう。それから、水はそのまま口にしてはいけません。必ず温めてから……」

「ああっ、もう。わかってるよパティ。レイバー、早く行こうよ」

「そうズら、早くオラは世界中の美味しいものが食べたいズら」

 僕は強く頷くと、シーマさんたちに手を振り返しながら歩き出した。

 絶対に兄さんを探し出してみせるっ!

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