第一章 第4話

 先へと進んでいくと、コボルトの言うように階段が半分崩れていたり、石が剥がれていたりと足場が悪くなってきた。

 僕たちは気をつけながらも、先を急いでいく。

 そうすると、階段が完全に崩れ落ちている箇所にぶち当たった。

 飛び越えようにも、足場が悪すぎて危険だ。

「どうしようか、レイバー?」

 何か渡る方法はないかと考え込んでいると、上の階から地響きが聞こえてくる。

 ズズーン、ズズズーン……。

 音のするほうを振り向くと、そこには僕の身長の三倍はある大きな泥人形がいた。

 ゆっくりと階段を下り、こちらに向かってくる。

「ゴーレム!」

 いつか授業で習ったっけ。

 ゴーレムは作り主の命令を忠実に聞く、人形のことだ。

 身体が泥でできているから、自然と色んなものが付着して巨大化していくのが特徴だという。

 見たところ、このゴーレムは身体のあちこちにコケが生えていて、けっこうな時間をここで過ごしているのが分かる。

「レイバー、いったん逃げる?」

「いや、今倒し方を思い出しているから、ちょっと待って……」

 ええと、なんだっけゴーレムの倒し方。

 たしか文字がどうとか習ったような……。

「マズイよ、だんだん近づいてきたよっ」

「ダメだ、思い出せない。仕方がない、ロディ戦うよ」

 こんなときに慌てていても、仕方がない。

 僕たちはそれぞれの武器を構えて、ゴーレムが来るのを待ち構えた。

 だが、ゴーレムは崩れた階段の手前まで来るとピタリと立ち止まった。

「あれ、来ない。これ以上、進めないってことかな」

 ロディが少し安心したように口を開く。

「でも、僕らも進めないな、こりゃ」

 ゴーレムは何かしてくるわけではないものの、僕たちの行く手を阻むように、階段の幅一杯に立ち塞がった。

「何かコイツを倒す方法があったはず。ロディ、覚えていないかい」

「うーん、たしか文字が関係していたような……」

「そうだ、額の文字だ!」

 思い出した――ゴーレムの額にあるemeth〈真理〉の頭文字を消せば……。

 どどどどどどどどどっ!

 今度は階下から、何かが迫ってくる音が聞こえてくる。

「オラは食べられないズらああぁぁーーっ!」

「待つでっさ! 今月の稼ぎっ!」

 階下に目をやるとコボルトが、目を覚ましたキングを追い掛けて、階段をすごいスピードで上ってくる。

 僕らの存在に気がついたのか、キングは恨み節を口にする。

「あーーっ、お前ら! 放ったらかしにするから、コイツに斬り刻まれそうズらっ!」

 逃げるキングの後ろから、コボルトは短剣をビュンビュン振り回している。

 まったくの自業自得である。

 それはそうと、目の前のゴーレム――階下から来るキング。

 このままだと確実に挟み撃ちになる。

「このままじゃマズイよ、レイバー」

「仕方ない。イチかバチか、飛ぶぞロディ!」

 ゴーレムは侵入者を防ぐ存在だ。

 そうであれば、こちらから向かっていけばヤツも動き出す。

 ためらうレイバーを抱き抱えて、僕は上の階段に飛び移ろうとする。

 案の定、ゴーレムも僕らの動きに合わせて飛び込んできた。

 飛び込みながら右の拳を突き出すゴーレムの腕に飛び乗り、そこを踏み台としてすぐさまジャンプするときに僕は叫んだ。

「ロディ、額の“e”にぶつけるんだっ!」

 ロディはスッキリーナの残りを瓶ごとゴーレムの額に投げつける。

 額の“e”が消えれば――meth〈死んだ〉。

 僕らはどうにか上の階段に着地し、後ろを振り返る。

 ゴーレムは声をあげることもなく、泥の塊と変化し、空中で形を崩し始めた。

「ぎゃああああーー、これは何ズら! ごべばぼべ……」

 ゴーレムの身体から湧き出る大量の泥の塊は、すんでのところで僕たちに追いつこうとしていたキングとコボルトに容赦なく覆いかぶさる。

 面倒なヤツをまとめて片付けられて、一石二鳥である。

「ちょっと、いつまで抱き抱えているの。離してよ、レイバー」

 つい、目の前の出来事に気を取られて、ロディを抱き抱えていたのをすっかり忘れてた。

 むにゅ――ロディを離そうとしたときに、僕の腕に何かが触れた。

 あれ、胸のあたりにわずかな感触が……。

 そう思ったのも束の間、ロディは僕からすぐさま離れた。

 心なしか顔が少し赤らんでいる。

「今のうちに、ここを離れようよ。最上階はもうすぐみたいだし」

 ロディが言うように頂上はもうすぐ――卒験も後少しだ。

 

 もう一体、何段上ったのか分からないくらい続いた階段も、これが最後の一段。

 僕たちは塔を上り終えて、頂上に着いた。

 そこで待ち受けていたものは――これといって変哲のない女神像が一体あるだけだった。

「てっきり、ボス的なモンスターでもいると思ったんだけど……」

 何だか拍子抜けである。

「まぁ、面倒じゃないだけいいじゃない。早く、試験管からもらった本をかざそうよ」

 大した説明も受けずに押し付けられたので、どこを開けばいいのか分からない。

「とりあえず、ロディからかざしてみなよ」

 ロディは頷くと、適当にページを開き、女神像にかざす。

「……1ページ目を開きなさい」

「うわっ、この像喋るのっ!?」

 わりと親切な女神像である。

「塔の試練を乗り越えし者、我は職を司る女神“ジョブリア”。汝の名は――」

 緊張しながらも、ロディは答える。

「ロディ=バークライト。勇者になりたいんだ」

「……汝の資質、今ここに見定めん――」

 ジョブリアの言葉と共に、ロディが手にしている本のページがまばゆく光りだす。

「うわわっ!」

 やがて光が収まり、ページに文字が浮かび上がる。

「汝の勇者としての資質は“B”。現状はまだ凡庸だが、磨き方次第でさらに力を引き出すであろう――」

 女神の丁寧な解説もあってか、ロディは安心した表情を浮かべる。

「次の者、これへ――」

「レイバー、頑張って!」

 頑張るも何も、ページをかざすだけなのだけど。

 とりあえず、女神像の前で本の1ページ目をかざした。

「……汝の名は――」

「待つズらっ!」

 僕が名乗ろうとすると背後から、聞き覚えのある大きな声が聞こえた――キングだ。

 ゴーレムの泥から抜け出してきたキングは、所々に泥がくっついている。

「よくも、オラを騙したズらね。食物の恨みは怖いズらっ!」

 そう言うやいなや、キングは僕を目がけて突進してきた。

 僕はとっさに剣で防ごうとするも、キングは形状を変えて僕にまとわりつこうとする。

「待てよ、今取り込み中……」

「オラには関係ないズらっ!」

 血走った目で襲いかかってくるキングの攻撃をかわしつつ、僕は左手で本をかざし、大声で自分の名前を叫んだ。

「レイバー=ガネット! 勇者にしてくれっ!」

「……汝の資質、今ここに見定めん――え、ウソ。ぷぷぷっ」

 思いがけない女神の失笑に、一同が振り向く。

「いや、失敬。汝の勇者としての資質は“E”。未だかつて、こんなに低ランクの勇者はいなかったぞ――まったく、腹がよじれてどうにかなりそうだ」

 半笑い状態で、女神は残酷な真実を告げてくる。

 携えていた本は光を放ち、ページにはたしかに“E”と刻印されている。

 ――えっ、ランク“E”だって。

 ロディは気の毒そうな顔で、憐れむように見てくる。

 キングはさっきとは打って変わって、涙を流しながら笑い転げている。

「ははははははっ、ランク“E”の勇者なんて、聞いたことがないズら。」

 ショックを隠しきれない状態で、僕は口を開く。

「ちょっと待ってよ、ジョブリア。もう一回……」

「何度やろうと変わらぬ。ランク“E”でも、勇者は勇者。今後の精進次第でお前も――ぷぷぷっ、いやあ、やっぱり嘘はダメね。死ぬわ、お前」

「レイバー……」

 ロディは僕の肩に手をやり、何か励ましの言葉をみつけようとしている。

「まぁ、しかしだ――」

 ジョブリアは言葉を続ける。

「みすみす死んでもらっても、職を司る我としても寝覚めが悪い。ほれ、そこのスライムよ。汝の名はなんだ?」

 いきなりの質問に、眉をピクリと動かし、キングは面倒くさそうに答える。

「名前なんてないズら。ただ、周りのヤツはオラのことを“キング”と呼ぶズらよ」

「キングとは“王”のことか? また大層な名だな。よかろう、今日からお前はレイG……キング=レイG〈怠惰な王〉と名乗るがよい」

 勝手に名前を決められたキング改め、レイGは仏頂面を浮かべる。

「レイGなんて、ダサいズら。どうせなら、もっとカッコイイ名前がいいズら」

「つべこべ言うでない。汝キング=レイGよ、職の女神ジョブリアの名において命ずる――勇者レイバー=ガネットの相棒〈バディー〉として、汝の生を全うせよ」

 僕とレイGが驚いたのは言うまでもない。

 もう一度、本は輝き――キング=レイG、ランク“?”と書き込まれる。

「ふふふふ、不満そうだな。だが、双方協力せねばお前らが生き残る術は他にないぞ。まぁ、生きていれば何か良いこともあるだろうに。たとえば、そうだな――美味しい物はたくさん食べられるぞ。では、しかと伝えたぞ――」

 もう何だか投げやりに締めくくり、ジョブリアはどこかに消えていった。

 僕はしばらくの間、その場に立ち尽くすしかなかった……。


 ――あー、これからどうなるんだろう……。

 それから、どうやってギルロスに還り、こうして学食にいるのか、あまりよく覚えていない。

 レイGが僕たちを待ち構えるという本来の任務をほったらかして、塔の頂上に生えているキノコを取ろうとして地上に落下していたこと。

 試験官に本を手渡したら、ランク“E”であることを爆笑されたこと。

 グローリエル教官に報告したら、ガッカリされたこと。

 同級生たちから、憐れみの目で見られたこと。

 そして、大飯食らいのスライムと組むことになったこと。

 ガツガツガツガツ――さっきから、隣にいるレイGが食事をとる音が鳴り響く。

「うるさいなっ! ちょっとは静かに食べなよっ」

 レイGは一瞬食べるのを止め、おもむろに僕の皿の骨付き肉を奪った。

「あれこれ考えずに、さっさと食べるズら」

 ロディに言われるまま学食へは来たものの、どうにも食欲が湧かない。

 骨付き肉を奪われたことは咎めずに、僕は素直にレイGに尋ねた。

「レイGはさぁ、どう思っているの?」

 また一瞬食べるのを止め、僕の皿からスパゲティを奪って、彼は答える。

「どうもこうも、仕方がないズら。オラはここから出れて、世界中の食べ物が食えるなら、そでいいズら」

「世界中の食べ物ねぇ……」

 気が抜けるほど、あっけらかんとした彼の返答に何だか急に笑いがこみ上げてくる。

 そうだ、周りの評価なんてどうでもいいさ。

 僕は兄さんを探すために、この学校を出るわけだし。

 ロディが手にいっぱいの料理を持って、こちらに戻ってくるのが見える。

 今日は卒験も終わって、卒業の前祝いとして学食はバイキング形式なのだ。

「レイバー、元気出してよ。ほら、これも美味しそうだよ」

 そういうと、ロディは僕の目の前に真っ赤なロブスターが山盛りになった皿をドスンと置く。

「もう、大丈夫だよロディ。いくら気にしていても決まったことは仕方がないし。あー、お腹すいた」

 僕はロブスターを手の取ると、バクっと頬張った。

 〈働く〉って言葉は、周りの人を幸せにすることなんだ――そう、兄さんは教えてくれた。

 これからは勇者として、僕は世の中に出ていくんだ。

 兄さん僕、頑張るよ!

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