第一章 第3話
外観からは窓一つないように見えたが、中に入ると塔の内部は明るい日差しが入り込んでいた。
吹き抜けになっていて、上を見上げると天井には青空が見える。
まるでここを通れと言わんばかりに、螺旋状の階段が塔の頂上まで続いている。
よく見ると、階段の脇にちらほらと小さな扉が見える。
ちょっと気になるが、今はとにかくココを上ろう。
僕があれこれと考えているうちに、ロディはすでに上のほうにいる。
「レイバー、早く来ないと日が暮れちゃうよーー」
「わかった、わかった。今行くって」
ロディに急かされて、僕も階段を上り始める。
ただひたすら単調に階段を上っているだけなのだが、ロディは意気揚々とした様子だ。
「ねぇ、レイバー。卒業したら、やっぱりお兄さんを探しに行くの?」
僕は即答した。
「そりゃそうさ、そのためにこの学校に入ったんだから」
「でも、何かあてはあるの? ずっと旅を続けるのもお金がいるよ?」
他のヤツなら上から目線だと腹も立つところだが、ロディとは長い付き合いのせいか、話していると素直な気持ちになる。
「まぁ、ぶらぶら旅するわけでもないし。仕事をこなしながら、兄さんの情報を集めるさ」
「ふーん。そうだ、卒業したらウチに寄らない? ほら、僕の母さんだと色々と知っていると思うし」
「まぁ考えとくよ――それよりも、目の前のヤツを片付けますか」
「それもそうだね、てかコボルト一匹って」
僕らの目の前には、行く手を遮るかのようにコボルトがいる。
緑色の肌に、赤みがかった大きな眼、尖った鼻と耳はいかにもコボルトですといった顔をしている。
いたって普通のコボルトだが、変わっている点といえば、肩から大きなカバンを下げている点か。
手に持った棍棒を肩でトントンさせながら、
「お兄さん方、今日はもう店じまいだよ。ふへへへへへへ……」
無視して、僕らは前へと進もうとする。
「おいコラ、てめえら。弱そうだからって調子に乗ってんじゃねえぞ。いいか、この先にはなぁ……あっ!」
コボルトが喋り終わる前に、僕はヤツの背後へと回り、喉元に剣をあてがった。
「ひいいい、何いきなりマジになってんスカ!」
「この先に何だって?」
僕はすごんだ表情で、コボルトの横顔に迫るように尋ねた。
「だから、この先はちょいと作りが脆くなっているから気をつけろって……」
「気をつけろ?」
「……お気をつけくださいませ」
手を離すと、コボルトはさも大げさに咳払いをする。
「ゲホゲホッ……。やだなぁ、もう旦那。では、あっしはもうこれで帰りますね。ご武運を」
コボルトはそれだけ言うと、逃げるように階段脇の扉の中に入っていった。
すかさず、内側からカギをかける音が聞こえる。
「一体、何しに来たんだろうね?」
ロディが尋ねるも、僕は両手をあげ“さぁ”といったポーズをとってみせる。
「まぁいいさ、先を急ごうよ」
ひたすら階段を上る作業というのは、だんだんヒマになってくる。
話題も尽きてきたのか、さっきからロディもあまり喋らなくなってきた。
しっかし、塔も中程まで上ると、結構な高さだ。
下を見ると、螺旋状の階段が幾重にもなっており、まだ気絶しているのかキングの姿が豆粒のように見える。
「ここまで来れば、そんなに急ぐこともないだろ。そろそろ、休憩に……っておいロディ!」
さっきまで元気だったロディの顔は真っ青になっていて、見るからに気分が悪そうだ。
「き、気にしないで。大丈夫だから……」
「大丈夫なもんか。いいから、ここで休んでいこう」
ロディの呼吸は乱れ、額からは汗が滴っている。
場合によっては、引き返すことも考えたほうがいいかもしれない。
あれこれと思いを巡らせていると、さっきのコボルトがまた出てきた。
「へへへ、お連れさん顔が真っ青ですねぇ」
一体、どこから出てきたのか――また出てきて面倒なヤツだ。
「何しに、また出てきたんだ?」
剣の抜き身を突きつけて、コボルトに迫るも、へらへらと愛想笑いを浮かべている。
「まぁまぁ、旦那。さっきはちょっとヒマだったもんですから、悪ふざけをしてしまって。何しにきたって、そりゃあ商売でっさ。何も売らずに帰ったら、さっきもカカアに“どうやって五人の子どもを育てんだい!”って、どやされたところでして……」
なんだ、このコボルトはこの試験塔に住んでいるのか?
しかも、一家揃って。
「じゃあ、何か薬はないか?」
「よろず屋稼業ですから、ちょっとしたものなら……どれどれ、ちょいと失礼」
そういうと、コボルトはロディの脇に座り、じろじろと様子を観察する。
「お連れさん、何か食べましたかい?」
いや、ロディは朝も昼も食べていないはずだ。
試験塔への道すがら口にした“リケリケの実”以外は――あれか。
「ああ、ここに来る途中でリケリケの実を食べたよ」
「おかしいですねぇ、この辺ではリケリケの実はないはず……。旦那、ちょっとその実の特徴を教えてくだせい」
僕がその実の特徴を話すと、コボルトは“あちゃー”といった顔になった。
「旦那、それは“ゲリゲリの実”でっさ。形がよく似ているから、間違えて食べがちなんですが……」
「どうやったら治る?」
「待ってました! そりゃあ、この薬を飲めばちょちょいと治りまっさ」
そういうとコボルトはおもむろに、肩から下げているカバンを探り出した。
「あったあった、コレこれ。“スッキリーナⅡ”」
「それを飲ませれば、すぐに治るのか?」
「そりゃもう、コイツは多少の症状であれば何にでも効く、ちょっとした万能薬でっさ」
僕が薬をもらおうとすると、コボルトはヒョイと手を引っ込める。
「おっとっと、旦那。お代がまだですよ」
「お代と言われてもなー。今、試験中だし財布なんて持ってきてないし……」
待てよ、アイツがあるじゃないか。
「じゃあ、お題の代わりといってはなんだけど、1階に転がっているあの大きなスライムで支払うよ」
「はて、スライム……?」
僕が階下の気絶しているキングを指差すと、コボルトは納得がいった顔をした。
「なあるほど、こりゃ良いスライムゼリーが取れそうだ。あれは、あっしが全部頂いていいんで?」
「好きにしたらいいさ」
商談成立といったところで、僕はスッキリーナを受け取り、ロディに飲ませようとする。
「はぁはぁ……、はぁはぁ」
「ほら、ロディ口開けて」
朦朧とした表情のロディの口に、薬を流し込んだ。
普段はまじまじと顔を見つめることはないけど、僕と違って、華奢な身体つきをしていて、端正な顔立ちはまるで女性ではないかと見間違うほどだ。
弱っているロディを見ると、不覚にも胸がドキッとした。
いけない、いけない――何を考えているんだ、僕は。
「……うーん」
「どう? ちょっとはラクになったか」
「ありがとう。胸がスッキリしてきたよ」
「立てるか?」
「うん」
どこか照れくさそうな表情を浮かべながら、ロディは僕の肩につかまりながら立ち上がった。
「お連れさん、調子が戻ったようですね。それはそうと、旦那たちは最上階を目指してるんで?」
「ああ、卒業試験なんだ。先を急ぐから、これで。世話になったな」
「さっきも言いましたが、ここから先は足場が脆くなっているからお気をつけて」
コボルトはお辞儀をすると、キングを回収するため、階下のほうへと走っていった。
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