第一章 第2話

 試験塔は卒業するための最後の関門だ。

 校舎の裏山の頂上にそびえ立つこの塔は、ギルロスのみならず、港湾都市ケプロのシンボルでもある。

 ――ぐきゅるるるる

 校舎を出た僕たちは、試験塔へと向かっているものの、さっきからロディの腹の音が聞こえて仕方がない。

「おい、ロディ。さっさと行こうよ」

「メシも食わずに試験だなんて、ツラ過ぎる……この携帯食料たべちゃおうかな」

「今食べたら、試験乗り切れないって」

 さっき試験のために学食で受け取った携帯食料を食べようとするロディをたしなめる。

 キングが食べ損なったゆで卵を一人で食べてしまったことは、この際黙っておこう。

 不満そうな顔を浮かべるロディだが、何かに気づいたのか声をあげる。

「あ、あれは“リケリケの実”だ!」

 そう言うと、ロディは山道に生えている木のほうに駆け寄る。

「これ、ちょっと色が変じゃないか?」

「大丈夫だよ、リケリケの実は食べられるんだから」

 僕は何となく不安に感じつつも、ロディはお構いなしに5、6個食べ続けた。

「レイバーは食べないの? 美味しいよ、これ」

「僕はいいよ。それより、あんま食べてると試験に遅れるよ」

 まだ食べたそうにしているロディを急かして、僕らは山頂へと急いだ。


「おそーーーいっ!」

 山頂に着いた僕たちは、中年の男性試験官からいきなりどやされた。

「卒業試験だというのに、まったくお前たちは……ブツブツ」

「「すみませんっ!」」

 僕とロディは、謝罪の言葉を口にしながら頭を下げる。

 試験の公平性を保つために、卒験の試験官はギルロス以外の教官が行う。

「レイバー=ガネットに、ロディ=バークライトで間違いないな?」

「「はい」」

「声が小さいっっっ!!」

「「はいっ!」」

 これまた、同時に返事をする。

 試験の時には余計なことは言わないほうがいい。

 特に熱血漢タイプの前では。

「じゃあ、卒験の説明をするぞ。お前たちの目の前にあるこの試験塔を昇り、最上階でコレをかざせ」

 試験管はおもむろに一冊の本を押し付けてきた。

 パラパラとページをめくっても、白紙のページが続く。

「コレ、何も書かれていませんが……」

 試験管はギロッとした目をこちらに向け、怒鳴りつけてきた。

「馬鹿モンっ、減点1だ! それはお前らの資質を記録するための書だ。最上階でこの書をかざし、ここまで帰還すること。制限時間は日没までだ」

「あのう、もしこの本を途中でなくしたら……」

 ロディが恐る恐る尋ねると、試験管は当然といった顔で、

「落第だ。いいか、ここから一歩踏み出したら、何が起こっても手助けはせん。では、これより試験を開始する。グズグズせずに急げっ!」

「「はいっ!」」

 試験管に言われるがまま、僕らは塔へと走った。


 ――こりゃ、落ちたら死ぬなぁ。

 何度も見慣れた塔ではあるけど、あらためて間近で見るとそれなりのプレッシャーを与えてくる。

 試験塔は頼みもしないのに、僕を威圧感で押しつぶしてくるようだ。

 しみじみと試験塔を眺めていると塔の周りをグルッと回ってきたロディが、息を切らせながら戻ってきた。

「ハァハァ……、レイバー大変だよ」

「何、どうしたの?」

「この塔、入るところがないっ!」

 僕が驚いた反応を示すだろうと思ってロディは言ったのだろうけど、別に不思議なことではない――これは卒験だ。

 こういう場所は、別のところに入口があるのだよ、ロディくん。

 手をかけられそうなくぼみを見つけ、塔の外壁を上り始めると、慌ててロディが声をかけてくる。

「ちょっと、いきなりどうしたの?」

「いいから、いいから」

 ロディにかまわず、僕はサクサク昇っていく。

 何でも経験はしとくものだ――学費を稼ぐために続けていた外壁点検のアルバイトが、こんなところで役立つとは。

 四年間も続けているとケプロ中の建物は上ったような気がする。

 もっとも、作業服を着てても泥棒やのぞきと間違えられることもあったけど……。

 親方にはずいぶん、お世話になったなぁ――卒験が終わったら、きちんと挨拶にいこっと。

 そろそろかなっと――やっぱり、ここに入口の扉がある。

「おおい、ロディ。あっ……」

「レイバー、上っ! あぶないっ!」

 叫ぶロディの声にハッとなって上を見上げると、ものすごい勢いで何かが振ってくるのが見えた。

 とっさに左手側にあった出っぱりにしがみつくと、落下物は僕の真横を通り過ぎ、ド派手な音と共に地面にのめり込んだ。

「ロディ、大丈夫かっ!?」

 土ぼこりがモクモクと舞い上がる地表――ロディが心配になり、僕は急いで戻ろうとした。

 すると、聞き覚えのある声が聞こえる。

「ぐぬぬぬ、オラとしたことがぬかったズら」

 この声はキングだ。

 地面に降り立ったのも束の間、僕のほうを目がけて黄緑色の物体が襲いかかってくる。

「う、うわっ! なんだコイツ。ぷごごっ……」

 キングは全身にまとわりつき、僕はバランスを崩して、その場に倒れ込んだ。

 ――い、息ができない。

 僕はキングを引き剥がそうとするも、かなりの重量で身動きが取れない。

 ていうか、なんでコイツはさっきから、僕の下半身をまさぐってるんだ?

 お、おいヤメろって! 

「レイバーから離れろっ! 今、助けるよ」

 ロディの声が聞こえる――どうやら、無事だったようだ。

 ゴッ!

 ロディの放った一撃は、確実にキング――ではなく、僕の股間をとらえた。

「○#×✩! □&△✩っ……、ロ、ロディ」

「ごめん、こんなつもりじゃ」

 ロディは手に持っていた太めの木の棒を地面に落とし、ひたすら謝ってくる。

「むぐむぐ、そんな攻撃オラには当たらないズら」

 キングは切り株の上で、干し肉とパンを同時に頬張りながら僕たちのほうを見ている。

「それっ、僕たちの昼メシ!」

 慌てて取り返そうとするも、キングはむかつくほどヒラリと身をかわす。

 さっき飛びかかってきたのは、腰にぶら下げていた携帯食料を盗るためだったのか。

「細かいことを気にしていたら、勇者になんてなれないズらよ」

 話していてもキリがないけど、それにしても腹が立つ。

 さらに言葉を続けようとする僕をさえぎり、ロディは首を振った。

「こんなヤツにかまっている暇はないよ。僕たちは試験があるし」

「そうズら、そうズら。目的を見失ってはいけないズら」

 たしかに、これで試験に落ちたらシャレにならない。

 このスライムは後で懲らしめるとして、ここはロディの言う通り先を急ごう。


 さっき見つけた入口まで、ロディと外壁をよじ上ったが――あ、開かない。

 思いっきり扉を蹴ってみるも、虚しくガーンという音だけが谺する。

 何か重いものでもぶつけられれば――そうだ!

 まだ自力で扉をこじ開けようとするロディの肩を叩き、耳打ちをする。

 ごにょごにょ、ごにょごにょ……。

 頷いたロディは、塔の下でまだ奪った食料を食べているキングに向かって叫んだ。

「おおーい、キング!」

 キングは面倒くさそうにロディを見上げる。

「何ズら?」

「ちょっとここの扉を開けてよ」

「嫌ズら。オラは人間のすることに興味がないズら」

「あーあ、ざんねん。せっかく美味しい食べ物があるのに……」

 ロディが食べ物を口に入れる仕草をすると、すごいスピードでキングが吹っ飛んでくる。

 ――やっぱり、コイツは人間の食べ物に異常な反応を示す!

「よこすズらあぁぁーー」

「今だ、ロディ!」

 ギリギリのところでキングの突撃をかわすと、そのままヤツは扉に激突した。

 どっごおぉぉーーーん!

 大きな音と共に、扉は全開した。

「「やった!」」

 僕とロディは手を叩いた。

「これで、ようやく塔に上れる」

 恐る恐るキングのほうを見てみると、完全に目を回して倒れている。

 これは当分起きそうにないだろう――今のうちにさっさと行ってしまうのが賢明だ。

 僕たちは扉の奥へと進んでいった。

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