第二章 女男爵と旅の始まり

第二章 第1話

「えー、みなさんはこれから“勇者”として各地で活躍されることでしょう。立場は違えど、このギルロスの卒業生として互いに連携し……」

 勇者幼年学校ギルロスの卒業式。

 校長の話が延々と続いている――今日でココともお別れだ。

 卒業後の進路は、試験塔でのジョブリアの判定に基づいて、教官の会議によって決められていった。

 級友のロディは、正規の勇者として王国の所属となる。

 ランク“D”以上の人間は何らかの形で、所属先や最初の仕事を紹介されていた。

「ふああぁぁ……校長の話は相変わらず長いズらね」

 レイGは大きな欠伸をしながら、退屈そうな顔をしている。

 僕にはギルロス側から進路は与えられなかった。

 前代未聞のランク“E”を叩き出してしまった僕は、教官の会議でも悩みの種だったようだ。

 担当のグローリエル教官は、熱心に説得しようとしたものの、結局学校の評判を気にする他の教官や校長の反対意見が多数を占める。

 ランク“E”勇者〈イーブレイバー〉に仕事を紹介することに、学校側は及び腰だったということだ。

 まぁ、自分の働き口くらい自分で見つけるさ。


「レイバー……」

 卒業式が終わり、中庭でボーッとしているとグローリエル教官が声をかけてきた。

 何だかんだで、この四年間ずっとお世話になった教官だ。

 僕は姿勢を正して、一礼する。

「教官にはずいぶん、お世話になりました。本当に色々とありがとうございました」

 教官は申し訳なさそうな顔をして答える。

「ごめんなさいね、結局力になれなくて……」

「別に教官のせいじゃないですって」

 僕は気にしていないことを強調するために、意識的に笑顔を見せた。

「これから、どうするつもり?」

「とりあえず、ケプロの街で外壁点検のアルバイトをしながら、兄さんの手がかりを探してみます」

「そう……ケプロの街なら近いから、何かあったら相談にきなさいね」

 再び僕は一礼すると、校門のほうへと向かった。

 グローリエル教官が苦手なせいかレイGは、校門でロディと待っていた。

「遅いズら。オラは腹減って死にそうズらよ……」

 ぐでぇーとその場に崩れるレイバーを見て、ロディはケラケラと笑う。

「ははは、レイGは大げさだなぁ。最初はヤな奴かと思ったけど、面白いね。今夜はレイバーと一緒にウチにおいでよ。たくさん、ご馳走するからさ」

 ”ご馳走”と聞いて、レイGはシュピンッと元の形に戻る。

「そんなにご馳走出るズらか?」

 きらきらと目を輝かせるレイGを僕はたしなめる。

「いくらロディが良いって言っても、ちょっとは遠慮しろよな」

「いいって、大丈夫だよレイバー。キミとレイGが来れば、母さんも喜ぶから。じゃあ、また後でね」

 ロディは屈託のない笑顔を見せると、手を振りながら駆けていった。


 港湾都市ケプロは、群島国家シートランド公国で最大規模の街だ。

 僕はギルロスに通うため、ここで四年間を過ごしている。

 とりあえず、バイト先の親方に挨拶をするために僕たちは通りを歩いていた。

「むぐむぐ、これはなかなかイケるズら」

「お前さぁ、どんだけ食えば気が済むんだよ」

「人間の食べ物がウマ過ぎるのが悪いズら。あ、アレも美味しそうズら」

 ケプロは人の数も多いから、自然と多くの店が軒を連ねている。

「ダメだよ、もうお金ないって」

 頬を膨らませるレイGを横目に、僕は足早に通りを歩く。

 質屋“黄金虫”から路地を入ると、外装専門店“クルマダ”の看板が見える。

 店のドアを開けると、そこには親方の娘のアンが店番をしていた。

「あれ、どうしたの? こんな時間に」

 アンは羽根はたきを片手に、店の掃除をしているようだ。

「いや、さっき卒業式だったから、親方に挨拶しようと思って。店にいるかな?」

「今は港の倉庫に出ているわ……って何よ、そのスライム!」

 緑がかった灰色の目をパッチリと開けて、アンは羽根はたきを両手に持って身構える。

「大丈夫だよ、アン。レイGは僕の相棒なんだ」

 僕は手短にレイGと出会った経緯を話す。

 アンは途中まで黙って聞いていたものの、ランク“E”の勇者になった部分に話が及ぶと顔をくしゃくしゃにしてワッと泣き出した。

「何よ、何なのよ! なんで、ランク“E”なの!? ああ、これで人生お先真っ暗だわ!」

「なんで、アンの人生がお先真っ暗なのさ?」

「だってそうじゃない、こんな夫を抱えて私はこの先も生きていかなくちゃならないのよ!」

 アンはオレンジがかった髪を振り乱して、顔をテーブルに突っ伏した。

「何ズら、レイバーは結婚していたズらか?」

「してない、してない。これはアンの妄想だから」

「うわあぁーんっ、なんでなのよ……夫の稼ぎをアテにできないなんて、不幸極まりないわ」

 アンは昔から、感情が高まると一人の世界に入ってしまう。

 今日はすでに僕と結婚している設定になっているが、一度こうなるとしばらくは収まらない。

 適当に話を合わせて切り抜けるしか方法がなさそうだな……。

 僕がアンの肩に手をやろうとすると、彼女はいきなりガバッと顔をあげ、僕の手をガッシリと握った。

「ああ、でも大丈夫だわレイバー。お父さんに言って、この店を継いでしまえば」

「でも、僕は兄さんを探さないといけないし……」

 アンは愛おしさに満ちた眼差しで、僕を見つめてくる。

「ああ、なんて私の旦那様はやさしいのっ! わかったわ、私も一緒についていく!」

 おっと、これはマズイ。

 ずっとアンがついてきては、旅なんてしてられない。

 僕はアンの手を握り返して、諭すように言う。

「アンはここにいてくれないとダメさ。もし、キミに何かあったら僕は、僕は……」

 レイGが僕のほうをジッと見て、“よく言うズら”といった表情を浮かべている。

「レイバー……わかったわ、私ここに残るわ。でも、お兄さんを見つけたら、必ず戻ってきてよ」

 アンはうっとりとした表情で僕を見つめてくる。

「もちろんだよ、アン。じゃあ、親方のところに行ってくるね」

 レイGの冷たい視線を交わしながら、アンに見送られて僕らは港へと向かった。

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