神楽の芸術

 15番の女子が、黒板に書かれた名前を消す。右端になったのは、“横浜海風 白河”の文字。




 海部文化部は、チャンスなんだ。




 神楽は、壁に沿って並べられていた席を立つ。

 辺りを見回すと、決勝なだけに聴衆は多かった。


 その中で、伊月が三脚を立てたビデオカメラの側に居るのを見つけた。

 でも、腕を組んでいかめしく立つのは、あいつには似合わない。笑いは堪えきれていたろうか。



「お前らしく、読め」


 そう唇が動いたのがわかる。



 神楽は思った。

 私たちが結果を残せば、もっとUBCのことを知ってもらえる。


 神楽は願っていた。

 もう、「何やってるのかわかんない」とか、「裏方の裏方なんだから、それって雑用じゃん」とは言わせない。


 これも気負いすぎなのだろうか、いや、そんなことはない。白河神楽はいつだって、何かを背負って輝いてきたのだから。


 テーマを見つけることも、取材も、原稿に起こすのも、読みを磨くことも、大変だった。けれど、楽しかった。


 どんな人にも届くように。



 ――――私たちの芸術を、聴かせてやるんだ。



 マイクの立てられた机の前に陣取り、息を深く、深く吐く。死んでしまうのではないかと錯覚するほどに。それは神楽のルーティンだ。



 ――伝われ。一人でも多くの人に!



 審査員と視線が交錯し、“キュー”の合図サインを見た、途端。

「16番、白河神楽」


 神楽のエネルギーが、確かに爆発した。


「――この記念碑は、およそ800年前、鎌倉時代に建てられました」

 そこには、神楽の声だけが、朗々と響いている。


「記念碑の在る葉永寺を管理する長浜さんは、『今でもたくさんの人が訪れてくれるのは、本当にありがたいと思っています。次の世代のひとびとにも、この民話を伝えていきたいです』と語ります――」


 審査員がペンを走らせる。評価を書きつける彼らに、神楽は気魄で告げた。


 ――まだ、終わってない。

 私には、まだ、伝えたいことが残っている。






 ――――私の芸術は、こんなもんじゃない!




 彼女は、蕾が綻びるように笑んだ。

 悩んで、悩んで、何度も書き直した結び。きっと、何より正確に、私の思いを伝えてくれる。


 さぁ、最後の二文を。

 噛ましてやれ、白河神楽!



   ***


 とうは、この半年の全てを今日に懸けた。

 神楽は、彼女の誇りを懸けている。

 なら、俺は――――?




 “誰”に、“何”を伝えたいんだ?

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